おれはこの夜、助けた辺境村の酒場で英雄扱いされて只酒を嗜み、つまみに岩魚炭火塩焼きを存分に堪能していた。頭からかぶり付く。ワタがまた好い美味みだ。
宿場とは違う辺境の農村あまり品書きの数はないが、コクのある地酒だな。岩魚骨酒もいいかな。ついでに娘も味見を……
と、酌をしていた娘が突然話した。
「英雄さん、あなたに王都から、使者が参っておりますよ」
追っ手か! かなり有能だな、盗賊のスキル生かし痕跡残さず逃げたのに。まずいな、ここは逃げる。改めてはっとする。おれは脱走兵の指名手配処刑犯なのだ! とりあえずクロスボウ・ピストルは懐に……投げナイフも確認。まさか兵士が大勢?
扉が開いた。おれは立ち上がり即応臨戦態勢に入った。
「直人! 捜したわよ」
と、おれの知る愛しい少女の声。
まさか真理がおれなんかを追って来てくれるなんて! ああ、おれ幸せ。二人で幸せにいざ天国へ……
おれは喜んで、村娘を口説くのは止めにした。どうせ田舎村の娼婦なんて王国金貨数百枚で買えるだろう。だが真理には純金貨百枚でも足りない!
「おれといっしょに逃げてくれるのか?」
「あなたを連れていかなければ、私が死刑なの! 追尾に魔法使ってクタクタだわ」
「で、おれを引っ張りに……走れエロスみたいだな」
「馬鹿、それ間違いでしょ!」
「おれは絶対に任官なんかしない。軍隊なんか地獄へ墜ちろ!」
「そう、逆らうの……直人、ひ弱なあなたが私に勝てるとでも思っているの?」
「え、いくらおれでも女の子相手に喧嘩できないよ」
「金的!」
蹴りが上がった。ガキの喧嘩の定番ではある。予想付いたのでいくらおれでも簡単に右ひざを上げて防いだ。しかし真理は容赦なかった。追い打ちが重なる。
「眼突き!」
うわ! 信じられないヤツ……寸止めにしてくれていたが、さもなければ目玉えぐれていた。間抜けに伸びたおれの手を、真理は逆の手で掴んだ。
「指折り!」
「やめい!」
おれは叫んだし、真理はこれも寸止めしたがたたみかけられた。
「人中!」
当たったら前歯折れていたな。スウェイする。次いで。
「髪引き!」
「痛い痛い、えげつないぞ」
「離すけどスネ蹴り!」
「全部打撃技の急所か。真理、おまえ凶暴だな」
真理はご満悦らしい。言い捨てる。
「これで、軽い練習を少し行っただけよ。投げ払い刈りの技はこの後」
「……おまえ女戦士の逢香(ほうか)より強いかもな」
と、村人が集まり野次馬となっていた。なんか気恥しいな。
真理は伝えていた。
「この男は王国軍参謀士官、横島直人よ」
「王国士官さま?!」「王国万歳!」「女王陛下万歳!」「悪鬼どもを倒せ!」
どっと村人たちの歓声が上がった。真理事態に戸惑っている。おれは説明した。
「ああ、この村に向かっていた悪鬼のやつら、おれが仕留めたからな」
「とんだ功績ね……貴方なら王国は重く登用してくれるわ。もう逃げられないわよ、いま魔法で戦果遠隔連絡したから。返信が来たわ。『直人は準将官に昇進。そのままこの村で防衛任務されたし。配下の部隊を一個連隊千名回す』とのことよ」
「は、軍ね。参謀か、おれが盗賊参謀か」
おれは軍への任官にいささか幻滅していた。さらに追い打ちが掛かった。村娘の中で、飛びぬけて美少女な……否、二十歳そこそこだがあどけない子が睨み、絡んでくる。
「なにしてくれるのよ……この村は反王国の機運高まっていたのに」
「反王国……きみは?」
「千秋(ちあき)。ただの村娘よ。でも抵抗勢力の筆頭なんだから!」
しめた。こんな誰から見ても子供みたいに可愛い子が反王国カリスマなら、いずれおれが利用できるかもな。真理一筋のおれは浮気こそしないが、親しくしておこう。
おれはのらくらと受け流し、千秋に酒をおごった。