おれが国境付近に達すると、彼方の荒野に小鳥の群れが各所でたくさん地面から飛びあがっているのが解った。って、まさかヤバいかな……
 遠眼鏡で確認する。間違いなく悪鬼の軍。無力な村を凌辱に来たな。主に人間の十三歳並みの体格の小悪鬼だが数だけは三個大隊、五百体はいる。
 対する村の戦力は前線で槍を振るえるのがせいぜい三十名。弓矢使えるのも僻地だから数十名いるはず。
 守りを固めるだけなら、女子供でも外壁に上がって高さにものをいわせ村の外へ投石できるだろうし。スリング、石投げ紐も使うだろうな、羊飼いの武器だから。
 これだから田舎は……街の盗みに長ける盗賊は、山林に住まう狩人と違って野外活動は素人だ。ただでさえ寒風吹きすさぶ冬の寒さが身にしみるのに!
 べつに義侠心はないが、村を守ろう。おれが休む場所を奪われてたまるか! そのためには計略……ふむ、風攻めが効くな。優しく撫でるような風、絶好だ。風向きからして風上に回り込もう。その前に狼煙を焚いて『冒険者暗号』で村に警告だ。
 手早くマキを集めて火打石で着火する。ホクチの代わりに、愛飲のおれの火酒だ。着火早いな、すぐに燃え上がった。……?!異臭。
 その手に乗るか! おれは横に跳ね風上に身体を捻り、クロスボウ・ピストルを抜いていた。悪鬼の奇襲! 臭いから解るんだよ、は、うかつなやつめ。
 振り向いてみるともう間合10m。一体の巨大な大悪鬼(トロル)だった。強敵だが、矢には麻痺毒が塗ってある。間合3mの危険な至近距離に引きつけ、二連射した。一発は喉元、一発は片足。
「ガウゥオオオオォォォ……」
 大悪鬼は苦痛に鳴いた。返しの一撃をかわす……あ、避けられない! 死ぬ!
 強烈な片腕の一撃がおれの頭を殴り、おれは受け身でなんとか流した……
 あれ? あまり痛くないな。おれってこんなにタフなんだな。板金鎧まとう戦士でも、一撃で殺されるのが当たり前と聴くのに。
 ま、逃げよう。足に毒撃ち込んだから追ってはこられないはず。……目的座標へ!
 風に乗せて麻痺毒を流す。みんな眠ってしまうだろう。人間の村人の大半は家に鎧戸を閉じて隠れている。うまくいくか?
  ……
   ……
 で、おれは無事に村へ入り眠っているごく一部の外へ出ていた民兵に興奮剤を与え、覚醒させた。
 村長らしいオヤジが語りかけてくる。
「貴方は命の恩人です。村の危機を三回救った。一つは煙魔法。この暗号に見張りが気付き、悪鬼の軍勢の存在を知りました。二つ目は眠りの魔法、三つ目は覚醒の魔法……偉大な魔法使いさまだ」
「おれは魔法使いではないよ」
 といったものの、盗賊だなんて名乗れるはずもない。
「ああ、薬草士さまでしたか」
「単なる旅のものだよ、薬は護身用なだけ」
 って、おれも正直だな。警句に曰く『真実を語るは馬鹿か狂人のみ』ってね。
 薬は高かったがなんと媚薬まである。これは真理に使うにはためらわれたが、行きずりの村娘となら……ああ、おれ悪い男。よこしまなおとこか。