私はイミナ、よろしくお願いします。どうも忘れっぽいのが私の短所です。以前どこかでお逢いしましたっけ? まあそれは流してください。
貴方は『神』……普遍的に言われる『宇宙の法則、理』それを信じませんか。私も宗教に縋るのは真の信仰と離れていると思います。
だからそれで良いのですよ。自分が救われたいから自分の『外』に絶対者を求める心理は健全ではありません。
盲信、それはほんとうの理ではないのです。頼るべきは、常に『自分』……
でも、貴方は『自分』を信じられなくなること、ありませんか?
もし心当りないならば、貴方の人生は順調なのですね。でも順調でないのならば、貴方はとんだ楽天家か度量広いか、あるいは逆に傲慢……なのかもですね。
『自分』を信じられなくなり、人生に道を失えば……こうなったとき、すべては壁として立ち塞がります。かつて味方だったものたちからすら敵扱いされます。
でも……社会から脱落した生き方が、そんなに不安でしょうか?
確かに社会的弱者に対しては、世間は冷たくなります。これは体験しないと解りませんが。世の中にそこまでの『悪魔』がいるのでしょうか。
いいえ、世間は弱者にそこまでの悪意を抱きません。普通の『善良市民』は、単に自覚と理解の無い独善者なだけです。でもこれは、言い換えると傲慢なのですけれどね。
社会に見放されたものこそ、『悪魔』に心を支配されます。哀しいけれど、これが事実です。幸せに育ち生きているものが何故犯罪などする理由があるでしょうか。
弱者こそ、悪魔に惹かれるのです。なぜなら弱者は神とやらが救ってくれないことなど、身に沁みて知っているのですから。
貴方も良く聴くはずです。住所不定無職の男が凶悪犯罪に走ったと。生きる上で他に道がないのに。そうした弱者は飢えて雨に濡れ寒さに凍えて死んで当然と言うのですか?
そうした犯罪者となった者を恵まれた生まれの大抵の人は、『馬鹿で残酷で頭おかしい』と決め付けて蔑視します。これは欺瞞ではないですか?
ここで例を上げます。
極貧の中、妻に先立たれ、幼い愛娘一人抱えて路頭に迷っている男がいました。男はただ娘を生きさせたいだけ。それなのに失職してしまった。
街とは非情に作られているのです。薄汚れた乞食に恵むお人好しなど、まずいません。
たとえ誰も口も付けていないまっさらな残飯が無数に出るとしても、それを与えてくれる店などありません。
食べさせるものがなく、娘は衰弱していきます。声も出せないほどに。このいつか豊かとされたはずの某極東の島国で。
彼は終に思い詰め、鉄パイプ片手に単身商店へ踏み入ります。
男は警備員にたちまち捉えられ、治安当局へ連行されました。
しかし司法当局は、こんなの比較にならない社会的背信をしていたのです。
強盗犯は自分が決して行っていない、殺人の罪までなすりつけられました。
判事の判決はあっという間に有罪、死刑確定。国選弁護人の上訴は即棄却。
この判決に、男は妻と逢えることだけを楽しみに、娘の人生だけを悔やんで、なにも弁解しませんでした。
しかし官僚に政治家連中こそ、庶民をはるか桁違いに超える収入を得ている上に、国民に嘘つき当たり前に汚職の贈収賄をして罪の自覚無いのですけれどね。
裁判を終えた法廷に、軽薄に侮蔑の声が所々で上がります。
「狂った殺人犯の馬鹿養うなんて税金の無駄、即刻処刑しろ!」
しかしこれに噛みついた傍聴席の、若い理想高い女法学院生がいました。
「社会悪はそんなことでは解決できません! 真に取り締まるべき邪悪は他にいくらでもあります! この裁判はどこかおかしい。証拠すら未確認なのに」
どっと大勢の嘲笑の声が攻撃します。
「おまえも仲間かよ、頭おかしいだろ。悪いのは強盗殺人犯だぜ。クズみたいな浮浪者の」
「弱さが罪というのですか? 強さが正義ならば、どんな非道を働いても良いのですか! 戦争では人殺しの立場は英雄と卑劣漢に、逆転するというのに!」
「どうせ生きる資格の無いヤツだぜ、働きもせず」
「あなたたちが恵まれているだけでしょう? いま全世界に稼ぎたくても職の無い難民が、どのくらいいるか知っているのですか?」
「は、自分で養えないのに子供を作った低能だぜ」
「貴方が強者と言うならば、なぜ弱者を守らなかったのですか。力があるなら名誉に掛けてこんな悲劇が、二度と起こらないように社会を変えるべきでは!?」
しかし女法学院生の訴え虚しく、強盗犯の処刑は実行されました。
強盗犯は失意の内に……愛するもの一人を守れない屈辱に悔しがりながら、卑劣に裏切られた人生……あるいは真摯に殉じたそれを終えました。
強盗犯の娘は福祉施設に引き取られるはずでしたが、行方不明になりました。間違いなく誘拐です。しかしそれを探そうと動く治安当局ではありませんでした。
女法学院生は娘を探そうと手を尽くしましたが、都合良く奇跡など起こらないのが現実……場はただ慟哭だけに包まれました。
すみません、ほんとうに救いの無い話でしたね。でも。こうした葛藤と二律背反の矛盾の中、すべての人は生きるのです。
ただ、男は刑死しました。その愛娘も無事なはずありません。ですが女学生は決意したのです。奇跡が起こらないなら、自分の力で起こそうと。
そんな彼女が見付けだしたものこそ、『真実の魔法』だったのです。たとえ力小さくても、少しでも……
でもこんな話、すぐに忘れてくださいね。
(終)
貴方は『神』……普遍的に言われる『宇宙の法則、理』それを信じませんか。私も宗教に縋るのは真の信仰と離れていると思います。
だからそれで良いのですよ。自分が救われたいから自分の『外』に絶対者を求める心理は健全ではありません。
盲信、それはほんとうの理ではないのです。頼るべきは、常に『自分』……
でも、貴方は『自分』を信じられなくなること、ありませんか?
もし心当りないならば、貴方の人生は順調なのですね。でも順調でないのならば、貴方はとんだ楽天家か度量広いか、あるいは逆に傲慢……なのかもですね。
『自分』を信じられなくなり、人生に道を失えば……こうなったとき、すべては壁として立ち塞がります。かつて味方だったものたちからすら敵扱いされます。
でも……社会から脱落した生き方が、そんなに不安でしょうか?
確かに社会的弱者に対しては、世間は冷たくなります。これは体験しないと解りませんが。世の中にそこまでの『悪魔』がいるのでしょうか。
いいえ、世間は弱者にそこまでの悪意を抱きません。普通の『善良市民』は、単に自覚と理解の無い独善者なだけです。でもこれは、言い換えると傲慢なのですけれどね。
社会に見放されたものこそ、『悪魔』に心を支配されます。哀しいけれど、これが事実です。幸せに育ち生きているものが何故犯罪などする理由があるでしょうか。
弱者こそ、悪魔に惹かれるのです。なぜなら弱者は神とやらが救ってくれないことなど、身に沁みて知っているのですから。
貴方も良く聴くはずです。住所不定無職の男が凶悪犯罪に走ったと。生きる上で他に道がないのに。そうした弱者は飢えて雨に濡れ寒さに凍えて死んで当然と言うのですか?
そうした犯罪者となった者を恵まれた生まれの大抵の人は、『馬鹿で残酷で頭おかしい』と決め付けて蔑視します。これは欺瞞ではないですか?
ここで例を上げます。
極貧の中、妻に先立たれ、幼い愛娘一人抱えて路頭に迷っている男がいました。男はただ娘を生きさせたいだけ。それなのに失職してしまった。
街とは非情に作られているのです。薄汚れた乞食に恵むお人好しなど、まずいません。
たとえ誰も口も付けていないまっさらな残飯が無数に出るとしても、それを与えてくれる店などありません。
食べさせるものがなく、娘は衰弱していきます。声も出せないほどに。このいつか豊かとされたはずの某極東の島国で。
彼は終に思い詰め、鉄パイプ片手に単身商店へ踏み入ります。
男は警備員にたちまち捉えられ、治安当局へ連行されました。
しかし司法当局は、こんなの比較にならない社会的背信をしていたのです。
強盗犯は自分が決して行っていない、殺人の罪までなすりつけられました。
判事の判決はあっという間に有罪、死刑確定。国選弁護人の上訴は即棄却。
この判決に、男は妻と逢えることだけを楽しみに、娘の人生だけを悔やんで、なにも弁解しませんでした。
しかし官僚に政治家連中こそ、庶民をはるか桁違いに超える収入を得ている上に、国民に嘘つき当たり前に汚職の贈収賄をして罪の自覚無いのですけれどね。
裁判を終えた法廷に、軽薄に侮蔑の声が所々で上がります。
「狂った殺人犯の馬鹿養うなんて税金の無駄、即刻処刑しろ!」
しかしこれに噛みついた傍聴席の、若い理想高い女法学院生がいました。
「社会悪はそんなことでは解決できません! 真に取り締まるべき邪悪は他にいくらでもあります! この裁判はどこかおかしい。証拠すら未確認なのに」
どっと大勢の嘲笑の声が攻撃します。
「おまえも仲間かよ、頭おかしいだろ。悪いのは強盗殺人犯だぜ。クズみたいな浮浪者の」
「弱さが罪というのですか? 強さが正義ならば、どんな非道を働いても良いのですか! 戦争では人殺しの立場は英雄と卑劣漢に、逆転するというのに!」
「どうせ生きる資格の無いヤツだぜ、働きもせず」
「あなたたちが恵まれているだけでしょう? いま全世界に稼ぎたくても職の無い難民が、どのくらいいるか知っているのですか?」
「は、自分で養えないのに子供を作った低能だぜ」
「貴方が強者と言うならば、なぜ弱者を守らなかったのですか。力があるなら名誉に掛けてこんな悲劇が、二度と起こらないように社会を変えるべきでは!?」
しかし女法学院生の訴え虚しく、強盗犯の処刑は実行されました。
強盗犯は失意の内に……愛するもの一人を守れない屈辱に悔しがりながら、卑劣に裏切られた人生……あるいは真摯に殉じたそれを終えました。
強盗犯の娘は福祉施設に引き取られるはずでしたが、行方不明になりました。間違いなく誘拐です。しかしそれを探そうと動く治安当局ではありませんでした。
女法学院生は娘を探そうと手を尽くしましたが、都合良く奇跡など起こらないのが現実……場はただ慟哭だけに包まれました。
すみません、ほんとうに救いの無い話でしたね。でも。こうした葛藤と二律背反の矛盾の中、すべての人は生きるのです。
ただ、男は刑死しました。その愛娘も無事なはずありません。ですが女学生は決意したのです。奇跡が起こらないなら、自分の力で起こそうと。
そんな彼女が見付けだしたものこそ、『真実の魔法』だったのです。たとえ力小さくても、少しでも……
でもこんな話、すぐに忘れてくださいね。
(終)