僕の生前、かつて経済世界一を誇ったという日本がこの有様では、世界各地で迫害される弱小民族の権利など、まったく無視されるな。
民族差別レイシストなんて許せないが、日本だって侵略され根絶やしにされた琉球しかり蝦夷しかりだし。まして流刑地とされた孤島など。
国内の資源にそう頼れない科学技術工業に、ヲタ腐……オリエンタルジャパニメーション文化の洗練された混合物が売りの日本なら、そうはいかない。
自分は戦えないのに、他人に戦いを押し付ける人間は卑怯。たとえ自分が強くて戦えるからといって、他人に戦いを強要するのは傲慢。強いのに戦う事をせず、経済的弱者を戦わせ、さらにそれに負けた世界の最弱者から搾取するのは最低のブタ。
日韓関係が一見メディアでは荒れている理由は……互いに相手を牽制するため。韓は日本と戦いたくないが、それ以上に中と戦いたくない。
それに過去同国だった北とも戦いたいはずはない。だが、仮に日韓が同盟でもしたら、中を刺激し開戦の口実を与えることとなる。中は手始めに北を併呑するだろう。
故のミリタリーバランスなのだ。右翼も左翼も踊らされているだけ。
するとまったく逆説的だが、戦後の戦勝国の先見性は確かで、後々の布石の橋頭保として日本の独立を許し、逆に朝と独を分断したのだ。そして当時最大ネックの露を牽制した。
かつ、当時冷戦の両大国は資本と共産、どちらが強いかの愚劣な政治・経済ゲームをしていたのだ……無辜の民衆の血と汗と涙を賭け金に。
一つ間違えると、連鎖的に悪い事は続くものだな。悪循環とはまさにこのこと。決定的な過ちだ。整理すると……
……原子炉発電停止からの火力発電による二酸化炭素問題、それを解決する大麻草栽培、続いて起こる二酸化炭素の枯渇と植物の絶滅、次いで酸素欠乏による死の世界。メタンガスによる歯止めの利かない歴史上例の無い地球温暖化。
地球が地獄絵図と変わろうとしている。それなのに、一部の科学技術は突出し。
遺伝子操作によるips細胞で駆逐された社会悪の臓器密売、だが副産物の新種キメラの愚かしい軍事力化。頓挫したSTAP細胞。
発展するコンピュータ、情報化社会の希望となる、量子計算機開発のための素粒子ワープ実験が引き起こす時空震災。
この経済混乱期にレアメタル資源確保のためとは名目だけの、情報に踊らされた馬鹿げた純金取引の狂騒『ゴールドクラッシュ』。貴金属なんて工業利用だけにすべきだな。
枯渇するヘリウムガス。冷却媒体としての代替資源か代替技術がなければ、超電導技術は失われ、現代の文明は後退する。ただでさえ他の多々の要因、鉄や銅すらの枯渇で滅びかかっているのだから、いまさら騒いでも無意味か。……あれ?
はっとする。まるで漂白剤でも撒いたかのような……カルキ臭こそしないが、空気が突然さわやかに。しかし、ゾクリ、とする。これは明白に。
全身臓器器官、消化器となりうる魑魅魍魎の這いずった跡だ。有機物はきれいに吸収され、まるで腐敗物排泄物の異臭は無く、それどころか一面に除菌スプレーでも撒いたかのような清涼感が漂う。世界規模で見ても、顕微鏡規模で見てもこれは……僕にはもう解る。
まさか! たとえ数分間であれ、地上全土に魑魅魍魎を繁殖させるだと? 生きた有機物には影響しないが、きれいさっぱり死した物は無機物と化す!
斎藤がおっとりといつものキューキュー声で報告した。
「いけませんね、バイオハザードとなる危険が孕みます。生態系の破壊です。植物性動物性問わず微生物の営みと、細菌の繁殖にどう影響するか……」
焔も熱っぽく説明していた。
「このままいけば、生物の大絶滅となる! しかし、こんな自爆テロ紛いな愚行を誰が……」
「作為的なものか。それとも、誰かが檄発したか。確かめる術はありませんね」
「ショゴスの仕業なら、間違いなく高倉が噛んでいる! あいつ、野放しにできない」
暦はいつになく乱れて叫んでいた。
「答えてよ、みんな! ……どうしてこんなことに……」
「俺が知るか! まさか……」
焔が激昂して答えていた。この少年のこんな姿、見たこと無かった。
ここで一時この場の五人は激情し、荒っぽく本音をぶつけ言葉を交えていた。結論は……せめて幻香ちゃんと合流すること、即決。
僕は騎竜ゴーストを駆り、児童福祉施設の中庭にいささか荒っぽく着陸した。
ATで連絡済みで中庭に待機していた、簡素な服装で長髪流れる、身長140cmもない幻香ちゃんは……十二歳か? すごい美少女だな。ゴーストに連れて騎乗した。
幻香はドラゴンの姿に怯えていたが、ゴーストは紳士的な応対でゆっくりと羽ばたいた。目的地へは三分とかからない。東京新撰組志士、六名合流……
ここで判明したのだが、魑魅魍魎ショゴスが二体憑依している高倉を、施設から忍び出た幻香ちゃんは襲撃していた! 恐るべき動画が再生される。体重差五倍くらいあるな。
それも真正面からの容赦ない体術で、空から舞い降りた高倉の飛び抜けた力をそのまま返しアスファルトの路上に転倒させ激しい打撲を与え、殺さずとも骨折の古傷……過去、焔が怪我させた個所を開かせ無力化していた。なんて子……
これで当面の脅威は一つ減った。しかし。その高倉の情報を教えたのは誰だ? 竹田でも焔でも斎藤でもない。まさか海神か、賀茂芹菜か? 生きて……
しかしこれで志士たちの団欒とはならなかった。ATに警報。某大国から、大型ロケットが打ち上げられた! エマージェンシー・アラート・ウォーニング・コーション!
たった一発ではあるが、検索結果は大陸間弾道ミサイル……戦術核弾頭装備! しかし、こんなことはどこのメディアからもニュースとして入らない。
こんな危機に! これが日本の平和信仰の盲目さ……
焔はやるせなさそうに私見した。ATのモノクルが怪しく明滅していた。
「ミサイルの目標地点は、間違いなく東京だ。被害が全世界に広がる前に、魑魅魍魎を焼き尽くす算段か……人間ごと吹き飛ばして。下手すると核戦争なのに」
止めようがないのか……世界人類の最先端の科学技術を持ってして、得られるものは繁栄や発展ではなく、世界の終り……愚かしい。自由意思を持つ民間有志の集まりなんて、無力に過ぎないのか。僕に打てる手はないのか? ゴーストで飛んでも無駄か。
暦と焔はATの右手を縦横に振り回し、モーショングローブ入力で必死にハッキングを開始していた。斎藤の愛らしい呪文の詠唱が並行して流れた。なんとか大陸間弾道ミサイルに介入できれば……システム回線は数年から数十年古い可能性もある。
思わず期待してしまったが、はっと警告する竹田だった。
「別のATが動いている! 誰だ、私たち以外にそれを装備しているとは……」
僕は驚いた。ならば無論! ここで半泣きする幻香を、斎藤は優しくハグしていた。
(東京新撰組 志士異聞録編 終)