「お嬢さんは文学志望なのですよね。職業作家を目指されていますか?」
斎藤ハムスターの好意的な問いかけに僕はかぶりを振っていた。いささか深酒に酔ってはいたが、自分をそこまで美化できない。ここは甘えてひたすら愚痴る。
「……なんとなく文学を志し、外国語の素養もないから単なる国文科に進んだだけ……率直半分後悔しているし、半分は良かったと思う。図書館司書も経験したし。ただ。
決定的に勘違いされるのが、良書だからベストセラーになるわけではない点。良書なんて図書館へ行けば、人生のすべてを読書に費やしても百分の一にも足りないだけの名作が収まっている。しかし、それら過去の傑作のほんの一部の上澄みしか普通は手に取らない。
ベストセラーになるなら、なんといっても話題性。批評家にあまりに叩かれたりして有名になれば、むしろ売れるの。どんな駄作であれ。悪名は無名に勝る、となる。それどころか、『好事門を出ず』で、なまじ感動感涙の大作の方が無視される。
名が知られれば、愚にもつかない駄作でもミリオンセラーになるし、どれだけ素晴らしい作品でも埋もれて日の目を見ないのが普通。なにかの博士だろうと専門分野以外は考証ミスするし、中卒だろうと天才は名作を作る。
小説コンテストの評価がAランクからEまであって、Cランクだったものが。「これで俺はランキング上位に入るだけの実力がある。できないDランクEランクが下に何千名といる」と自慢げに吹いていた。事実は普通、評価はCランクなのに。
DEランクは便宜上と言ってもいい。現実はCランクとは実質最低の評価。そして受賞とは、すべての審査項目がAランクでなければ無理という世界なのに……」
ここまで語ると、さすがに滅入ってきた。
「お嬢さん、落ち込んだときは、遠く宇宙に思いを馳せるのですよ」斎藤は優しく語りだした。「まず相対性理論の基本、E=mc二乗を覚える。次いで、体重100kgほどのちっぽけな自分を自覚する。そんな卑小な存在でも全質量が反物質反応で爆発すれば、軽くこの地球くらい吹き飛ばせるのです。夢と愛と絆こそ真実の魔法……決して力ではない」
「斎藤が偉大な事はよく解ったよ……まさに勇者ね」
つくづく語る僕に、斎藤は努めて本音トークを返した。
「勇者とは……命知らず? 本音はみんな死にたくないのです。だからみんな戦う。今日を生きるために……武器など手にしなくとも、生き物はみな戦っているのです」
いつの間にか昼になっていたな……カーテンを開けると、南からの日差しが眩しい。
「好い天気ね。この先の公園の砂場はきれいなの。斎藤、砂浴びしたらどう?」
「こんな真夏みたいな初夏晴天の太陽照りつける陽気の、真昼の砂場で砂浴び!? 灼熱に焼ける砂の上で拙者に死のダンスを踊らせるおつもりですね。嗚呼、貴女がそんな人でなしだったなんて」
「僕の人でなし! ……って、なにを言わせるの、斎藤?」
「この『南公園』ネタ解るだけ、貴女も引き戻せない一線超えていますよ」
「一線を超えても現実逃避はできない。当面のキメラ戦……どうしよう。斎藤の魔法でなんとかならない?」
「魔法を引き起こすには呪文の詠唱と、身振り手振りの踊りが必要……なように思われますが。それはいわば『トリガー』です。単に魔法を発動させるための自分自身との『契約』による決まりごとに過ぎません。修行するなら、今回の『危機』には間に合いませんよ」
「手遅れか。で、契約……悪魔と血の取引か?」
「いえ、自分自身というのがポイントです。神、仏、悪魔、精霊……なんに頼ってもそれは手段、結局は自分自身との契約なのです。自分自身に頼るなら超能力となりますかね。神や仏なら奇跡、悪魔なら黒魔術、精霊なら陰陽道……貴女ならどれにします?」
「亡き父母に縋って……ではダメかな?」
「素晴らしいです。それこそ永遠の命です。不老不死……それは憧れを持たれていますが、永遠に死ねないのは苦痛でしょうね。ただ、不死でなく、寿命があるのならば、青年期から歳を取らない不老は理想です。現代の科学は、神の領域を冒し、不老不死の身も夢ではなくなってきました。しかし人として死ぬのが道……」
ハムスターと人生を語るシュールな時間はすっかり馴染みとなった。