東京から電車で一時間程度というのに、すっかり田舎扱いされる埼玉の名ばかりの新都心……そこの落ち着いた喫茶店に、二人は向かい合って腰を下ろしていた。

 瀟洒でシックなスーツ着こなす長身モデルルックスの美女は、同じくフォーマルな洒落たブレザー着込む、長身で精悍な風貌の青年に、笑い掛けていた。

「まさかこうして貴方と逢えるなんて。夢みたいね」

「夢のままで終わらせたかったよ……ここは地獄の間違いではないか?」

 この青年の悪舌を、クスクスと魅力的な笑みで答える美女だった。

「良く言ってくれるものね。地位に階級なんか、くだらないだけか」

「物事には秩序というものがある……宇宙全体の、物理的な真理だ」

「すべては誤解が生んだというの!? 史実の新撰組の旗記しは?」

「『誠』。嘘誠、真偽、正誤……現実はいずれも混沌としているな」

「それを解っていながら! 愚かしい……」

「判別が不可能、が証明されただけで、『問題』の解決策は提示できないのさ」

「でも貴方は戦うのでしょう? だからここで相談している……」

「違うよ、ただ生きるだけさ。いまはとても、多くを望める時ではないから」

「志士筆頭、『紳士』に連絡は時期尚早ね。いまは存在を伏せておく方がはるかに効果的と言える。『崩壊』に対抗すべき、打てるだけの手は打つ、これが大前提」

「そうさ。事故が起こるのは避けられないとして、せめて被害を最小限に抑える必要がある。後は各地で孤軍奮闘している健気な志士たちを援助しないと」

「単なる援助では、世界の脅威を避けるのにいささか無理があるわ。貴方それを承知で……宇宙を破壊しかねない『プラン』対抗班に民間志士を介入させると?」

「他に手があるかい?」

 美味しくも面白くもなさそうに、冷めた珈琲をのどに流し込む青年だった。

 同じく美女は、氷の溶け切ったアイスレモンティーをストローで一口含み、甘い香りの吐息で忠告する。

「人間には限界があるわ。まず、それを認識しないと」

「というか、森羅万象はどんなものにも限界がある。しかし極端にマクロかマイクロで見れば……」

 美女は言い淀んだ青年の後を続けた。

「……あらゆる可能性は限りなく0か、限りなく無限かのどちらかとなる。成否が確率的に判別推定が不確定なんて、人間サイズの視点からだけかも」

「だから文明を極める、なんて前世紀の妄想なのさ。どんな学問の一分野も、たどり着ける到達点は常に上に高く、広く深く在る」

「知性には限界があるということね。知性を単に判断力として、絶対に正しい選択なんて最善が解るはずもない。記憶力として、いくら詰め込んだところで宇宙に届かない。計算力として、すでに人間をケタ10、20飛ばすコンピュータですら、限界がある」

「そもそも、数学は完全には解けない事が論理式として証明されている始末だ。かといって、その論理式すら、この宇宙でのこととすれば……」

「異次元の可能性ね。物理法則の異なる並行時空か。この宇宙のあまりの広大さを知れば、死後の世界だって騙りとはいえなくなる」

 青年はやれやれと首を振った。

「もちろんこんなこと学者ではない、万年学生の妄言だけれどね。語彙をただ操るだけで、論理的証明の思考が伴わないのに、傲慢なことを我ながら話しているな」

「そう自嘲したものではないわよ。物理の数年先を数学は超越して走り、数学の数十年先をSFは物理を無視してワープするもの。そして想像力とは知識より大切」

「科学とは状態論だからな。公式を導けたとしても、それが「なぜ」そうして存在するのか、その本質には迫れない。だからなまじ生真面目なヤツが、熱心に数式の意味を考えあぐねて足踏みして落ちこぼれ、単に勉強を公式と歴史の年表と過去問丸暗記だけしただけの浅薄なヤツが難関大に進む」

 美女はこれに肯いた。

「それに学問のすべてを極めたとしても、それが何? なぜ自分は、世界は、宇宙はいまここに存在するのかなんて答えは決して出ないのに。命とは心とは魂とはなぜ在るか、それを知ってすら答えは解らないはず」

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