首都東京のまさに都心部、官庁街霞が関……並みの人間には敷居高くおよそ近寄りがたい、この『聖域』の一角の居酒屋の個室にて。『二人』はいた。
およそ場違いに映る身体にフィットしたライダースーツを着込んだ、長身で引き締まった体躯の青年は、温和な表情に見合わない剣幕で吠えていた。
「こんな! これが事実では志士たちの『戦い』は、まるで児戯ではないか……」
同じく長身で筋肉質のがっしりしたスーツの三十路紳士は、冷静に言い返した。
「これが現実だ……大麻草栽培は詭弁さ。三国志の赤壁のごとし『苦肉の策』だ」
「座視していいのか? このままでは世界どころか宇宙は……」
青年の鋭い声に、冷静に紳士は答えていた。
「ああ、間違いなく滅ぶ。時空間の轢断とは。だが、これが『ブラフ』の可能性もあるが」
「なるほど……危険があるかに思わせて、例の『物』の開発を中止させる、か」
「中止とは優しい表現だ……間違いなく起こるのは破壊。それと殺戮」
こんな場において諧謔気味の紳士に、冷静さを取り戻した青年だった。
「だが仮にそうであれ、もし『物』が完成したら……」
「開発者がこの情報化社会の利権、すべてを支配する。個人の権利なんか無価値となる」
「ディストピアだ……科学技術がいくら発展しても、なんら価値は無い。どういう選択だ? このまま滅ぶか、絶対者の奴隷になるかどちらかなんて……」
「人間が愚か過ぎるのさ。単に貪欲で傲慢なことくらい、自覚していれば悲劇にはならないのに。どちらに転んでもバッドエンドだよ」
「マリファナの是非はこのさい無視してやる! いまは大麻草をなんとかしなくては……」
「理想家だな、青年。助かる道なんてあるか解らないが、探すべきだな」
ただ場には、物憂げな空気が流れていた。青年は話題を変えた。
「レアメタルは……プラチナ、金どころか銅や鉄すら枯渇が囁かれているが。エコロジストではない意見なら、資源の枯渇が問題にならないと?」
「ああ、代替される可能性がある。いちおうは、な。例として鯨油は乱獲により枯渇し始めてから、化石燃料に変わった。話はそれるが彼らは油を取るだけにクジラを殺し、肉や骨は捨てていた。まあ髭なら弦楽器とかの加工用に取られていたにせよ……それでいま日本に捕鯨を禁止強要するなど、なんて傲慢な連中か。
調査捕鯨で明らか、クジラの数は増え過ぎ、魚を食い尽してバイオハザードとなっているのに。そして越前クラゲしか残らないような海にしておき、世界の漁獲高は減っているのに。過去食用にされなかった珍奇な魚が、はるばる食卓に乗る始末だ。
毛皮を乱獲されたアザラシだって、生きたまま生皮はぎ取られ、激痛を感じているであろう、まだ生きた残りは捨てられていた。殺したほうがよほど良心的だし、肉も食べるべきだ。
サメをフカヒレだけ取って、生きたまま捨てるなんて外国ではやるが、日本では身もすり身にして、肝臓は薬にして皮は工芸品に加工しみんな使うのに! 歯だって工芸品宝飾品や、武器テルビューチェを作るのに使ってもいいくらいだ」
この紳士のセリフに、青年は嘲った。
「しょせんそいつらは、いくら密度質量があるからって、砲弾に劣化ウランやプルトニウムを使用する馬鹿だ。放射性元素なんて。司令部連中、よほどのサイコパスだな」
肯き同意する紳士だった。
「どうせ使用するのは捨て駒の死んでいい使い捨ての貧民兵士とでも考えているのかもな。チキンホークとは卑怯者だな。傲慢で低能。救いようのない」
「そういう悪意を自覚すらしない大罪人を人間の屑というのだ! 働けなくなったホームレスを屑呼ばわりするくらいなら、叩くべきは他にあるだろう」
「そうだ。世の中矛盾と欺瞞に満ちている。かつて京都議定書だった例の件も、日本は皮肉にも叫べなくなった。枯渇資源の火力に頼るしかない。メタンガスなら二酸化炭素は出ない。埋蔵量だけは多い、石炭を直接燃やすよりクリーンだ」
「歴史的には千年前くらいの方が、いまより気温は暑かった! いまはむしろ寒冷期なのだ。するとグスコーブドリの伝記も当時の背景として、あながち筋違いではない。つまり二酸化炭素の排気量と、温暖化の指針が明確に取れないなら……」
「その先に踏み込むか……」
居酒屋の個室、二人の席の卓には口を付けられないまま、尾頭付きの鯛の見事な御造りとジョッキの冷えたビールが、成すすべなく室温にさらされぬるくなっていた。
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