とくに労せずして短期間にとんだ戦力を手に入れた僕だが、ここは己の力の暴走、そう、『ネズミ算』には気を付けないと。ん? 以下のような例があったな。

 世間を知らないのが「俺のホムペのアクセス数が、開始後一カ月の十名から次の一カ月で百名になった。この次の一カ月で千名に、その次の一カ月で一万名にする。さらに数カ月で俺は絶対に作家デビューできる。年収数千万楽勝!」なんてほざくようなものだ。

 こういう奴がマルチ商法、ネズミ講のカモになるのだよな。僕も数学は疎いが、指数対数演算の基礎くらいは踏まえているぞ、簿記に必要だったから。

 少しネットを開けば、甘言の罠が張り巡らされている。働かず、自宅でネット使うだけで簡単に毎月何万も何百万も稼げるような。

 宣伝文句通りの美味しい商売がもしほんとうに存在するなら、それを他人にタダで教えるなんてお人好し、どこにいるよ。

 そんな内職があったら、誰も務め仕事なんてしないぞ。馬鹿げている。詐欺すれすれなのだよな。広告載せること自体、規制が無いこのネット社会だ。

 それでも人間万事塞翁が馬だ。なにが幸いするかなど、誰にも解らない。図書館勤務は、来週いっぱいの契約だ。それから継続は不安だったから、いまはちょうど良いタイミングではないか。ここは東京新撰組隊士として、立とう。

 いまこうして少しゆとりができると、貧すれば鈍するというものが解る。同時に貧にして楽しむことも。

 むかしの人は、良く言ったものだ。財布の紐を首に掛けるよりは心に掛けよ。口と財布は閉じるが得。それでも一文惜しみの百知らず、常に学ぶ態勢は大切だ。

 僕は斎藤に、戦術論を語ってみた。とはいえ酒の席での余興だが。アパートにケダモノとまだ昼下がりから二人、僕はなにをしているんだろうね。

 ともあれ焼き鳥を食べビールを飲みながら好意的に斎藤は答えてくれた。

「嫌いとばかり言う人も心の中にも体の中にも自分を高めたいという意識がある。しんどい時ほど体を動かせば、その分はまるまる自分の向上域となるものです」

「きみは勤勉だね。才能はもちろん、それより努力か」

「夢はどこにでもあるということに気付きましたから。そして、どんな小さな夢であっても努力しなければ叶わないことにも。ですが幸せもどこにでもあります。幸せとは努力すれば必ず訪れるものではないのです。むしろ自然体のままがすでに幸せなのです」

「自分はこういうタイプだと決めつけるとそこから抜け出すことはできない」僕は引用していた。「だからきっかけを受け取った側は拒否しないよう、それに応える努力をしよう」

「それこそが大切ですね、なにより」

 酒は三献に限る。一献は三杯か、小さなおちょこでたった九杯? コップで九杯だろう。酒は憂いの玉箒……止められないな、馴染むと。『酒に交われば赤くなる』というものだ。はは、酔っているな、僕も。

 ドラゴンに召喚獣引き連れて、この世の欺瞞を僕が魔法と魔剣で断つ! 完全にラノベの世界だ。どこを間違えたら二十代半ばの女性がこうなる?

 でもこの歳になって解るが、人間の精神年齢って高校も過ぎるともう成長しないのだよな。大人になれないまま、素のままの自分がただ歳を重ねるんだ。

 でも、心が若いことのどこが悪い? 僕は志士として立つ!