「お悩みですか、マイ・レディ、叶?」

 この穏やかな問いかけにはっとして、僕は『現実』を認識する。声の主は、『ゴースト』。……地上彼方上空を舞うドラゴンだ。僕はその背に乗っているのだ。しっかりシートベルトに固定されて、体長翼長5mほどの優美な有翼の生き物に……

 広がる空は春のまばゆい日差しが照りつけ、眼下は遠く気味の悪い暗雲に覆われている。その雲のさらに下は雨かもしれないな……

 僕がドラゴンに? いまさら中二病の夢か。その倍近く生きてきたのに。僕は司魔叶……『司る魔が叶う』、が名。諱(真の名)は……捨てた。運命を受け入れいささか名前負けの、子供以来のハンネの『司魔叶』として僕は飛竜を駆る。このゴーストを。

 黒銀色艶やかなウロコのゴーストは優しく語る。

「記憶が戻りませんか。貴女は立派な『功績』を収めたのです、故にわたしは貴女に忠誠を誓うだけのこと。多くを救われたマイ・レディ」

「でもゴースト、きみは僕にそれを教えてはくれない……」

「PTSDとなる危険が孕むので。わたしからはそれは言えません。わたしのレディを守るための措置です」

 だがゴーストはドラゴンのことは話してくれた。

 飛行機パイロットの育成には、莫大な金がかかる。それこそ、小型機の値段よりはるかに高いくらい。だから現代は安価なPCシミュレーターが意味を成す。

 それすら必要としないのが、このドラゴン。空を舞う飛竜。機械と違い操縦は不要だ。

 それなのになぜ人間の乗り手が必要か? 高速飛行時に、竜が背後を確認するのは不可能だからだ。後方監視は人間の役目だ。それに行動指揮も。

 後方監視……そもそもなんでそんなこと必要か? ドラゴンとはバイオモンスター兵器だからだ。攻撃を受ける危険がある。まさに子供の考えそうなこと……

 そんなことより僕は、帰って勉強の続きをしなければ。貧乏生活から脱するには手に職、職には資格だ。二級が限界かな……準一級以上の壁は厚い。試験は費用もかさむ。

 しかし僕はこれまで鉛筆やシャーペンならともかく、ボールペンを使いきった記憶は無い。たいてい途中で書けなくなるし。落ちこぼれの不勉強だから。

 独断と偏見なら万年筆は使い心地がよい。滑らかに書ける。鉛筆より。そしてしっかりとした筆厚の線。それなら何回インクカートリッジ交換したかな……

 ただし万年なんていいながら実は寿命が一番短いペン。馴染んでもいずれペン先が曲がるか、すり減るから過去は高級品だ。18金製では摩耗してしかたないけど、ステンレス製はいまどき百均で買えるし、それで十分。

 万年筆の高級品はこの日本で過去、当たり前に数万円したという。ペン先だけでも千円台。なまじ現代はただの鉛筆が高級品かも。消耗の速さから言って。

 バブル以前の日本消費経済社会か……単なる幻影だな。今の百均液晶腕時計より性能悪い時針式クォーツが、当時のサラリーマンの月給くらいで売買されていたなんて記録も残る。今の方が文化面だけは、間違いなく満ちている。過去の財産を保っている人は金持ちだし、当時の金利のまま借金抱えているなら悲惨なものだ。

 でも食費だけは、どうしてもなかなか下がらないのだよな……後は、本の値段。本……。