東京新撰組 志士異聞録編0 幸福の王女?


 混乱している。どこから考えたら良いのか解らない。記憶は……とりあえずこの過去。

 僕のアパートに夕刻チャイムが鳴った。ドアチェーン超しに応対する……

 相手は無精ひげを生やした、みすぼらしい服装の壮年男性だった。ぶしつけに言われた。

「お姉さん、食べ物無い?」

 物乞いか。可哀そうだが、餌付けはくせになるからな……。

 僕は千円札を一枚差し出した。そして伝える。

「二つ約束してくれたら、これをあげますよ。僕からもらったことを、誰にも言わないで。そして二度とここへ来ないで。これは一度限り。もう、誰にもあげるお金はないのです」

 男は金を受け取ると、平伏して去って行った。

 これが一点。もう一点はそのつい二日後の夕刻。同じくチャイムに応対すると。

 シスターの衣を思わせる、シックな服を着た中年女性だった。

「私は戦地の地雷除去とか、弱者救済のための活動費を集めています。靴下いかがですか? このブランド品が、三足三千円です」

 カルト宗教の商売か。特売なら一足百円で買えそうな品を。

 僕は五百円玉を一個差し出した。

「そんな高い買い物はできません。買わない代わりにこれ募金しますが。約束してくれたらいいですよ。このお金は貴方の懐に入れず、全額をほんとうに困っている人に寄付すると」

 女性は満面の笑みを浮かべると、僕を褒めて去って行った。これが二点目。

 さらにその二日後。カルトらしい女性が、三人来ていた。僕に問う。

「貴女、ハルマゲドンってご存知?」

「最終戦争ですね」

 相手はこの即答に面食らった様子だ。そして『営業スマイル』で語る。

「私どもは、貴女の御先祖の霊を供養に……お母様いらっしゃいます?」

 普段温和で知られる僕も、これはイラついた。表面上、平静に答える。

「母は亡くなっていますが……」

 この答えにその相手は顔をひきつらせたが、別の一人が口を出した。

「保険に入られていました? 私どもなら、安心して生活できる手当てを……」

「あいにく、僕は神とも仏とも縁がないので」

「その『宿命』を変えることが、私どもならできるのです。世界観が変わりますよ」

「くたばれ、拝金似非宗教ババアども!」

 思わず絶叫していた。ドアを思い切り閉め、鍵を掛ける。

 冷たく呆れた声の捨て台詞がした。

「貴女は、地獄へ落ちますよ」

 これではオスカー・ワイルドの短編童話、『幸福の王子』になるところではないか!

 酒も飲まずタバコも吸わず、しかも不定期にバイト勤務掛け持ちで、糊口をしのいでいる僕に余裕なんかないのに! 手取り13万、僕は小食だけれど、体力追い付かないよ!

 なにが混乱しているって、それから記憶が飛ぶんだ。飛ぶ。そう、僕は空を飛んでいる。何故なのか……

 解っていること。僕はハンネ、司魔叶(しま かなう)。二十六歳、女。やや高い身長に、痩身だけど自慢の胸がある。いまどき日本によくいる普通の未婚女性だ。要するに、彼氏はいるけれど経済的に家庭を営めないから、結婚できないで燻ぶっている。

 で、単なるフリーター。大学を卒業後、正社員になり損ねた落ちこぼれ。ちなみにバイトは図書館司書とコンビニ。その僕が何故……