残されていたのは、司魔からの手紙だった。いまどきキャラクターもののレターセットに、濃紺インクの万年筆らしい滑らかで鮮明な筆跡の手書きの私信。
『……澄んだ夜空が見えるよ。今夜は良く晴れているね。この大きな空の星の涙に掛けて……星々の涙の雨をきっと、光と呼ぶんだ。
哀しみか怒りか憎しみか喜びか……どの光が多いかは僕には旗幟鮮明のことだが、きみはどうかな?
出来の悪い散文に替えて。ここに記すよ。僕の想いを。
神を信じなくても、奇跡は信じる。いや、神など存在しても僕は信仰などしない。
自由な人間の矜持に掛けて……人間を甘く見るな!
神を生みだしたのは人間だ。背信しているのは崇拝者の側だ。
真の信仰と宗教は別物なのだ。口にしてはならない四文字の神の名の元、悪魔崇拝の罪で魔女狩りをした妄信者こそサタニストだ!
仏の名の元、従軍し戦死すれば極楽浄土へ行けるなどと説くものこそ地獄へ堕ちろ!
ある哲学者曰く「私が神なら、青春を人生の最後に置いたろう」とはやはり人の意見だ。
もし仮に人の終りが青春を以ってなら人は生に執着し、失うものを恐れ、愛する者を守れないし育めない。簡単に人の世界は滅びるだろう。
それこそが公正な死の使いワルキューレと誠実な時の神クロノスの誓った『時の鍵』の掟。
僕は僕の世界をある意味『信仰』している。だが完全にではない。すべて信じ切れるものなど、この世には存在しない。自分自身ですら。
それでも、三割方正しいなら信じてみる価値はある。六割なら文句なく買いだ。だが九割以上申し出られたら明らかにおかしいから、そのときはそのすべてを疑うべきだ。
背反する異なる主義主張を、部分的に双方複数兼ねて何割か信じたっていい。信仰と思想、表現の自由とはそうしたものだ。
どんな学問分野、自然科学ですら、どれだけ探求したって完全な正しい答えなんて見付からないのだ。まして人間の社会に起こることなんか。
しかしそれを奇跡と呼ぶ。だから奇跡を信じられる。割合的には低くてもね。
それでも、妖精の存在をどこか感じているんだ。一割くらいはね。矛盾しているかな、僕は馬鹿だから。
きみはなにを信じるのか。壊れつつあるこの世界だから、ここにせめて真実の絆の物語を。妖精と奇跡の織り成す魔法の旋律を。
愛はとっくに廃れてしまった。他の美徳は忘れ去られた。押し付けの信仰など欺瞞。人は神の手を離れ歩き出した。すべてはおとぎ話。子供時代の夢の中。
それを解っていても、それでも人は繰り返し謳うんだ。
陳腐な語り尽くされた愛と言うものを……言葉を換えて、人はそれを世界とか宇宙とか、あるいは神と呼ぶのだから。それなら否定しない。その理由はない。
ならば神はどこにもいないようにみえて、実はどこにでもいるから、いないように思えるだけだ、との言葉もまた深い。あるいは真実を語るは愚者か狂人のみ、か。
世界は一つであり、すべてであると。個人に生き物は宇宙の一部にしてすべてであると。
この事実の前に、人間同士のいがみ合いなどくだらないだけ、なんの価値も無い。
それでも人間らしくありたい。所詮だれかの決めた事だが、人道として。
大人は大義のためならプライドを捨てられる、と聞いたことがある。きっと違うよ。何故ならプライドとは美徳ではない。他人に合わせる和の心、謙譲こそが美徳なんだ。
それとも僕が子供なのかな。ただ優しくあることが、最善の方法なんだ。
責任と苦労はきっと人を成長させる。それでも他人に自己犠牲の義務を課すのは傲慢だ。そうして戦い散って行った過去の人は……いまの世をどう見ているかな。
個々の生命、人間だけでなく地球、宇宙そのものの営みと呼ばれるものの根幹は、科学では完全に探し出せないだろうけれど、きっとある。
でもそれは絶対の真理としては、誰にも表せないだろう。円周率が割り切れないのと同じく。だから科学を完全には信用しないし、精霊に神仏の教えを完全に否定はしない。
そもそも結果をすぐに求める理由は無い。
それに僕が思っている真実と、きみの信じている真実は違うかもしれないし。それでも、他人の価値観を受け止めてみれば、多くの感覚に気が付く。そんなきっかけさえあれば、後は自分で努力できる。上手くいったら、きっかけを作ってあげよう。
人生とはきっと自分の世界を『作る』旅。決して探す旅ではない。探して見付かった人間など欺瞞だ。だから死したら自らのその世界の中で眠ることをどこか信じている。
カルトが軽々しく吹くような、個人の『宿命』とやらは信じなくとも、そんなもの存在する理由がどこにもなくても、人にとって『運命』とは確かに存在するのだから。
同じように世界を信じて好いはずだ。まだきっと手遅れではない。
でも別れになるかもしれない、いいんだ、人が勝手に命を、神の領分を侵犯した罪の罰とすれば。神が苦しむのと同じだけ、人も苦しむだけさ。
長筆乱文ごめん、自分でも混乱しているのが解る。もう時間がないんだ。僕なんかの力で、止められるものなのか……。
いろいろありがとう、僕はここで去るよ。きみの戦いは生きている限りずっと続くだろうけれど、せめていまだけは、お休み……』
(東京新撰組 止魁戦コヨミ!編 終)