キメラどもの脅威が迫る。竹田の意図としては、自分で手勢のキメラを率いて他の圧倒的多数のキメラを掃討することだろうが。マジで日本の地を戦場にすることになる。

 その竹田邸に単身向かった司魔はどうなった? AT端末が検索しようにもかなり閉鎖されているし、ブロックにジャミング……ろくに正確なデータが入らない。

 司魔の弟が防衛大にいた優等生の青年、海神か。しっかりした姉がいるから、健全な弟が育つ『一姫二太郎』の典型だ。司魔さんは自分を卑下することないのに。

 竹田派の開発していたips細胞による人工器官は、過去問題になっていた第三国貧困層からの、人身売買臓器密売を一掃する画期的なものだった。

 彼は理想高き志士なのだ! 風評プロファイルは根拠のない単なる悪口誹謗中傷だった。なにが事実などと、もはやどこにも……

 もう戦う理由も必要もないのに、戦わなければ前に進めないのか? 過去の賀茂芹菜女史が完全な悪とは言い切れなかったように、いまの竹田我流氏だって……

 力量差に加え数の差。もはや負けるしかないのか……!? AT検索に掛かった、これは、竹田もATを持っていたのか。後頭部打撲で脳震盪との情報が入る。

 その竹田を一瞬で倒すこの手際……あの子しかいない。無事だったか、幕末の人斬り彦斎、現代の河上彦斎こと、火守幻香(かかみ げんか)ちゃん!

 つまり、ATを持っていたのはあの子だったんだ。海神は出撃前に、彼女に贈答したのかな。自宅も諱も知っている、と語っていたし。

 これで状況は一転した。竹田は一時的とはいえ倒れ、クーデター派の指揮系統は乱れた。もはや統率された行動などできないだろう。この隙に……しかし、どう手を打つ?

 と、ATに思わぬ情報が飛び込んだ。キメラの中でも多数を占める劣等種の魑魅魍魎が、共食いを始めた? 衝撃の映像が流れる。竹田派のキメラ・ドラゴン部隊が統率された指揮系統のもと、出撃した。しかし、いったいなにがどうして……

 焔が察したらしく、声を上げた。

「馬鹿な! 司魔さんはそんなスキルを知らなかったはずだ。俺にでも数カ月掛けなければまず不可能だぞ、あの竹田派のセントラルユニット、まさに防衛省クラスのセキュリティを破るなんて。まして操るなどとなにものが……」

 そして検索をして、事実が明らかになる。

 司魔さんは……ATを駆使して……なんて荒技。自らのセキュリティ機能をすべて解除し、ウイルスに感染しまくって竹田派のサーバーに特攻、ダイレクト接続したのか……

 そして、システムに介入して一撃クラック、キメラどもを竹田の支配下から外す!

 あとは暴走したキメラを他に差し向けて潰し合いのお祭り騒ぎ、という図式だ。その指揮は亜人『妖精』、知性に優れる優良種の人造人間が行っている。このクラックは亜人たちが直ちに引用し、すべてのキメラは軍事企業からの束縛を脱した。

 これはまさに自爆テロだ。これならどんな頑強なシステムも一撃で沈む。

 ただその方法を知っていても誰も実行しないのは、いくら世の中に恨みがあるからって交番に乗り込んで、警官の拳銃を奪って発砲するような暴挙に出るようなのがまずいないのと同じ理屈だ。

 誰だって、やろうと思えば銀行強盗はできるが、誰が凶悪犯として全国に指名手配されて、捕まる危険を犯してそこまでするものか。

 お年寄りを狙ってのひったくりなど、弱いものをいじめ軽々しく簡単に集団で一人の弱者を侮辱する、当たり前のように暴力を振るうのは、それが大事にならないと信じ切っている、甘やかされて育った平和な卑劣なガキだけだ。

 司魔が解放した亜人指揮するドラゴン・キメラによる総力を挙げての他のキメラ殲滅戦……司魔はそのただ中、特に化け物の魑魅魍魎の中で一人無防備となっているのか?……これでは生き延びられる可能性などあるだろうか……

「コヨミお姉ちゃん」

 背後から不意に細い声を掛けられた。振り向く。目に入るのはすごい小柄な女の子、それも眉目秀麗なショートヘアの、愛らしい風貌の絶世の美少女……

 長らく行方不明になっていた幻香ちゃんだった。彼女は可愛いキャラクターものの封筒を持っていた。封は開いているが……そうか、この子は読めないのか。それを私に差し出す。

「あのお姉さんまで……帰らないつもりなのかな。大切な人をまた亡くしたの? わたしは、こんどもなんにもできなかったのに……それにこのAT、直らないの?」

 仮にもあの東京新撰組の最大の志士にして最後……と信じたい『敵』、竹田我流を倒した幻香ちゃんのセリフではないな。この子はよくやった。私なんかとても……

 ただせめてもの想いで語りかける。

「言葉はね、人を癒しも傷つけもするのよ。拳と同じように、誰かを抱きしめたり殴ったりする。でも言葉で傷つけられた傷は、他人には見えないの。すべてのものに感謝すること。良い事がなくても」

「どうしたらそんなことできるの? わたしを逃がしてくれたお姉さんは、わたしにATをくれた。おかげでわたしはいままで生きて来られた……」

 ATは情報端末なのに持ち主の座標がGPS検索、他のハードからは無理だからな。

 世の中は三日見ぬ間の桜かな……末の露、本の雫というものだ。私たちはこれで勝ったのか? 司魔さんは……封から抜き出し、両手に開いた便箋に視線を落とす。