私の意見に、司魔は同意してくれた。例えを引用する彼女。

「正確な統計か知らないけれど、いまはこの日本ですら子供の六分の一近くが、満足に三食食べられない時代なのに。事実を知らないヤツは軽薄に「働けば済むだろ!」と馬鹿にするが。子供を抱えた親が、働ける雇用の場がまともにないのが現実なのに。僕は司書だけれど、この仕事は半ばバイトだよ、穴埋めの。図書館司書って、資格取ったらほぼ一生勤められる仕事だから、欠員が出なければ新米は職に就けないんだ」

「そうでしたか。でも、魅力ある仕事に思えますよ」

「正直、きついけれどね。時給800円では一日八時間働いても6400円、いまどき残業手当なんてつかないし。そんな収入で家庭を営めるはずもないでしょう。年収200万円も困難。なまじ若い学生の方が、職場によっては時給を優遇されるから、甘やかされて育った恵まれた家庭のガキが、完全に社会を誤解する理屈も解る。そいつらラーメンや牛丼を、そんなもの食べるのは貧乏学生の間だけだ、なんて吹いたりするし」

 この言葉に、焔は愚痴った。

「かつて高度経済成長期の日本は飽食の国、とされていた時代があるし、いまだって食料の1/3は廃棄されているらしい。この欺瞞を無視して、政治屋はなにをしている? 金銭感覚が金持ちには決定的にないのだよな。その日の暮らしがやっとの人の500円は、貴重な命繋ぐ一食を賄ってお釣りが来るのに、金持ちの500円は一杯の酒代にもならない」

 格差社会甚だしい。大学を出たって正社員になれないものは、フリーター生活強いられる。対して難関の国家資格を持つものなら、中卒だって引く手数多か……焔のアパートの郵便受けには、就職案内の郵便物が山盛りに入っている。それも都心の大企業本社勤務で景気良く、時給3000円なんて謳って……それを話題にしてみた。

 しかし、焔は一向にそれを顧みない。代わりにやれやれと引用する。

「俺みたいな半端な経歴は、大企業の開発部には就けない。おそらくまずは営業に回され、親戚に商品を売り込むセールスマンにされるだろう。それが人づて無くなり成績不振一年も続けば子会社のちっぽけなソフトハウスに転勤だ。正社員ではなく契約社員。給与も安ければ環境も悪い。そして才能枯れればリストラさ」

 それが大企業のやり口か……焔のスキルを持ってしても、前線勤務は無理なのかな。

 いまどき専門職でなければ、日給1万円、月給20万円、ボーナス手当て無し水準の労働者層が圧倒的なはず。対して一線の技術職なら……月給100万も夢ではないと聴くが。

 それをホスト勤務なんかで才能潰して良いものかな……確かに、単に時給なら互角だが。若いうちしか働けないのは同じ。いまは多くを望める時代ではない。小学生の、将来の夢が正社員、がまさに現実なのだから。焔は続けた。

「まあふつうのバイトも面接したけれど。コンビニ店員、時給800円」

 「けれど」ってことは、なにかあるな。私は続きを聞く。苦笑する焔。

「高校くらい出ろ。パソコンなんて誰にでも使えるだろって断られたよ」

 ……って、国家資格試験を単なるPC検定と並べて語られたのか。これはたまらないな。PC検定は難易度でいえば、一級だってレベル1以下だ。しかも焔はまだ十六歳、さらに上位の司法試験と並ぶ超難関、最高のレベル4資格だって目指せる立場なのに。

 馬鹿なのが、「司法試験は難しいっていうけれど、受験者の一割くらいしか本気では勉強していない。合格率からして俺も本気でやれば狙える」などと吹くのとは違い過ぎる。

 まあ確かに、司法試験すら最年少合格者は小学生らしいのだが。そんな幼くして学問極めて、それからの進路をどうするのか疑問だ。

 傲慢なのは、「難関資格っていうけど、三年も勉強すれば誰だって受かる」などと言うが、三年も学業に専念できるなんて、どれだけ余裕のある人間か。

 中学、高校の期間に相当するのに。まあそれだけ家庭的、金銭的、時間的に恵まれている人間が、大学院を経て学者になるのだろうが。なんらかの障害のハンデが無い限りは。

 環境に恵まれていたら、私だってエリートになれたはず。高校だって上位5%内、偏差値68は堅かったな。しかし現実はそう都合よく恵まれない。

 恵まれたのだけ学歴競争に勝ち抜けるだけの話だ。当面は高卒認定合格目指さなければ。高校中退した身としては。

 しかし、東京新撰組の隊士としての使命がある。誰から与えられた命令ではなく、自らに律するところの使命が。この任務に生きる上の人生の神秘の価値を見出す。

 司魔は資格の話題に乗ってきた。

「焔くんはすごいね。僕は漢検英検簿記二級、でも大卒ならこのくらい当然の嗜みね。他は栄養士、医療事務、MOS程度しかないかな。司書資格は卒業に勝手についてきたけど……運動苦手だから、車の免許もない。実技で落ちた、金の無駄をしたよ。実は自転車乗れないんだ。泳げないし、足遅いし。小さいころから直立していると貧血でばたばた倒れていたし……しばらく座ってから立ちあがるとめまいするし……」

 この司魔さんもかなりすごい……。並みの資格とはいえ、普通の履歴書の項目溢れるな。私はさっき想った傲慢な「私だってエリート」発言に恥入り内心引っ込めていた。

 私だって自らを律しなければ……ドロップアウト組の意地として。当面の目標は高卒認定だ。いまのクーデター騒ぎは、RPGの経験値稼ぎの試練と構えよう!

 まだまるきり答え出ない論議の途中なのだがここらで、午後一時半を回っていた。昼食を誰も取っていない。解散となった。