まさかの司魔の提案……遺伝子操作合成獣の工場を潰すか。これは困難だな……ここまでで、一日の時間は終わっていた。深夜12時には眠らないと、頭がボケる。
睡眠時間は最低五時間必要だ。大学入試の四入五捨なんて、情報に踊らされたトチ狂った馬鹿の妄言だと信じる。むしろ若い方が睡眠時間はたくさん要るのだ……
明けて……早朝四時半、すきっと目覚めてシャワーをくぐる。キメラとはラノベの召喚獣みたいにはいかないのだろうか?
さっそくハムエッグでご飯を食べ、自室へ戻り密かな図書館登校の前にATを装備して、自習と洒落込む。すぐに司魔とリンクできた。
すべては戦術の問題か……思案する私に、司魔は発言した。
「戦いは単に力と数では決まらない。例を上げると太平洋戦争時、日本のゼロ戦に真っ向からの格闘戦で唯一勝てた戦闘機は、他ならない日本の旧式の九六式艦戦だけだったのよ」
「日本の旧式? だったらその戦闘機使っていれば良かったんじゃない……」
私は戦闘機というものがよく解らなかったが、とにかく言ってみた。司魔は反論する。
「単純な軽快さの運動性能だけは高いけれど、速度も上昇高空性能も航続距離も火力もゼロに劣っているわよ。装甲もさして変わらないペラペラだろうし。でもそれに慣れていた当時の搭乗員は、初めてゼロ戦を見たとき艦載爆撃機みたいに鈍重だなんて感想漏らしたって、逸話も残っている。軽快さが売りのゼロに信じられない」
「では、やはり日本は負けるしかなかったのかしら」
やれやれと言う。ゼロ戦の逸話は、歴史に疎い私でも良く聞くのに。それは強かったって、魔物のごとく敵から恐れられたと。司魔はあくまで冷静だ。
「その答えと是非はおいて、ゼロ戦の没落は余計な改造の新型機、改悪版にも一因するし」
? 呆けてしまった。改造して弱くなるなんて愚策があったのか。これでは負ける訳だ。
「改悪版は時速が心持ち高いのよ、20、30kmくらい。でも主翼が切り詰められ、旋回性能は大幅に落ちていた。特に、急旋回時速度が保てないのが致命的。なまじその改悪機を回された熟練兵が多々戦死し、旧式に乗っていた新米兵士の方が生還し、敵機を落としたと勇んでいたと記録にある」
私はATで戦闘機のデータを閲覧して、考えあぐねていた。問う。
「でも火力も増しているのに……速度の優位は絶対と思う。鬼ごっこをしているとして友達より10kmも速ければ、無敵だし」
「ところがただでさえ時速が500kmを超える世界では比率的にこうはいかない。自分が530km、仲間が500kmだったら……少しは有利かも知れないけれど。700kmに達する敵がいたのでは、500kmも530kmも大差ないでしょ。だったら多少遅くても、身軽に動ける旧式が強いという皮肉な結果よ」
「だったら、速度さえ敵機と互角にできていたら話は違うはずだわ」
「そうね、最大速度が敵機と互角だった紫電改は、最精鋭の搭乗員と指揮官によりほとんど犠牲を出さない戦いぶりを発揮した。でもかつて世界最強だったゼロは標的のように撃ち落とされた……中盤以降は敵機に撃墜比率1:10を軽く越されていた」
「ゼロ戦は装甲が紙切れみたいにペラペラで、当時の非人道な人命軽視兵器と聞きましたが」
私の引用に、司魔はかぶりを振る。
「格闘戦なら、ゼロ戦に敵う戦闘機なんか敵にいない。でも、未熟な新兵に格闘戦は無理、レーダーに映し出され、無線誘導された敵機に、いつの間にか死角から奇襲されて終りだもの。速度が遅いのでは決定的な不利。まして数が敵機の方が圧倒的に多いのだから。複数相手では、正面の敵を倒そうにも逃げられ、他の敵機に背後を突かれて終わる。むかしならレーダーの有無、いまならステルス性能ね。大戦時仮に八木博士の発明で、日本にレーダーが導入されていたら、決定的な優位となったはず」
「速さと数と情報、整えた側が勝つのですね。兵は拙速を尊ぶね。戦争とはまず速さか……いくら速くても力のあるやつには敵わないけれど、速ければ不利な戦いから逃げることも、逃げようとする敵に追いすがることもできる。戦いの主導権を握れる決定的な優位」
「違うわ。戦争とは、力でも技でも速さでもない。そんなのゲームの中だけ。事実は背後の死角から敵に気付かれずに接近し、そのまま名乗りを上げず即撃ち殺す。これだけが実戦」
断言する司魔に私は噛みついた。
「それは卑怯です! 目下一番大事なのは誠実さと感じます。史実の新撰組の旗印としての『誠』を貫くことこそが、私たち止魁戦の方針に!」
「誠実はね、お金儲けを真面目にさせるという美徳よ。逃げるのは卑怯だ、と学校教育は押し付けられるけどね、そんな傲慢吹く教師にタイマン張れと言ってやりたいわ。いじめられっこを卑屈な弱虫の卑怯者と決め付ける傲慢なやつに、一対一の喧嘩すら買えるのかってね。まして、自分よりでかいやつ何人もまとめて戦えるのかって」
返す言葉が見つからなかった。司魔は続けた。
「……兵法の基本は勝ち目のない戦いはしないこと。逃げること。もしそれをしないなんて偉そうなことほざけるのなら、おまえはなんで東大大学院を出て格闘技最強でないんだ、と言ってやりたい……ところで、暦ちゃんが高校通えなくなったことは調べたわ」
はっと緊張する私だった。司魔は苦々しげに吐き捨てた。
「『警察に通報しろ、その方が好都合』とはまさに正しい。警察にチクるなんて最低の卑怯者だって教師の方が言ったんだし。正面から戦えないのは卑怯というなら、正面からそいつの人中殴っても文句を言うなとのこと」
「謀(はかりごと)は密なるを貴ぶというけれど、司魔さんは率直に話してくださいますね」
私のこの語彙の引用に、司魔は笑みに戻りクスクス語った。
「貴女が真面目だからよ。ゼロ戦は航続距離が長すぎたのが皮肉にも敗因にあるわ。毎日八時間フルにフライトしたのでは、搭乗員が疲弊しきってしまって当然ね。これが半分の四時間でもハードなくらいなのに。むしろ、翼内タンクを空にしてしまえば、被弾時燃え上がる危険性は格段に低くなる。生真面目な日本人の性格が災いしたの」
返す言葉を探そうとしていた瞬間、焔がリンクしてきた。彼は慌てて叫ぶ。
「キメラが現れたぞ! 早くも実戦配備されるらしい……黒幕の情報は掴んだ。こいつだ!」
モニターにプロフィールデータが現れた。がっしりした筋肉質の体形の、精悍な顔立ちの三十路半ば男……野心家なのは目の鋭さと睨みからありありと窺える。竹田我流(たけだ がりゅう)……東京新撰組隊士にして、目下最大の決定権を握る人物!