司魔はAT、アドバンスド・ターミナルまで持っていた。これは亡き海神が作った神器だ。軽く五十万円はするのに、海神はけっこう売りさばいていたのかな?

 ATは出力機器となるモノクルとイヤホンのリング、さらにキーボード代わりの入力機器モーショングローブからなる。

 ここで仲間となった司魔さんのことを把握する。文系の私大卒の新米図書館司書さんか。長身で胸があり体格良いな、メガネさえ掛けていなければ、モデルルックスかも。

 私たちは結成と同時に自己紹介をそれぞれ済ませた。

 で、司魔は東京新撰組の活動について、検索していた。それでなにやら見つけた様子だが、当惑している。彼女は聞いてきた。

「なんのことかしら、『B:1010011010=H:29A』って。これが暗号として流布されているけれど、詳細はまったく漏れていないわ」

 焔がはっと意見した。

「それは解析すると、666。その2進数と16進数から取った単純な暗号だ。禁忌の獣の数字。これが当面の敵となるな……。それがパスコードだ!」

「あ、ほんとうね、666で検索できた……獣の数字計画? まさかの遺伝子操作なんて。軍事企業が合成獣、キメラを誕生させた……兵器として?!」

 ここで三人、AT検索に喰い行った。モニターには恐ろしい魔物が……まさに魑魅魍魎とも言うべき化け物が表示された。幾多の手足に頭、角に触手さえある奇怪醜悪な奇形の怪物。これが『生産ライン』に乗った! 遺伝子操作の結果を、電算シミュレートさせた完成図がモニターされる。これが現実になるなんて……あってはならない!

 焔はさらに深く調べたらしく、陰鬱に言う。

「頭が三つ、手足に触手、角が総計七十四本ある化け物だ。それが『レッサーアニマル』。獣の数字、666の平方根だ。3√74だからな。それが二乗の443556体誕生する、机上の計算……『獅子観心』獅子とは獣の王だからな」

 焔、たったこれだけの情報で即座にそこまで戦力を値踏みするなんて。だからこのガキは麒麟児なのだが。蛇は寸にして人を呑む、後生おそるべし、だ。

 司魔は青ざめた顔で小さく、だがはっきりとつぶやいた。

「つまり東京新撰組はそれに対抗するんだ。魔物と戦うだなんて……狂っている」

「そう、獣の王と書いて狂う、さ。よくできたシナリオだ」

 焔はいつものように軽く言うや、手早くATを操作し私と司魔にあるファイルを渡した。もう夕刻なのだ。事態を前に、身の振りを考える時だ。

 ここで今日は終り、ひとまずは別れ帰宅して、これからに備えることとなったが。しかし、焔は根っからの数学屋だな。それも偏執狂な筋金入り……

 ありがたさを理解できるのはそれを失った人たちだけ、最近解ってきた。

 夕食後自室のベッドに横たわり、ファイルを開く。カバラ数秘術なんてシロモノ検索する羽目になった。6は7が象徴する完全さに達しない。それが三つで獣の数字か。

 確かに7は、ビット的にはフラグが立つが。つまり、二進数で111、trueとなる。6だって数学的な完全数だ。約数の総和と等しい(1+2+3=6)。7はむしろ数秘学における奇数の代表例として名高い。つまり一週間とはフラグか。真偽の数字だ。

 悪魔の数字……これは、同時に人間の数字でもあるのだ! 神は天地創造の六日目に獣と人間を作ったから。オカルトとは暗号解読の数字・言葉遊びだな。

 五日目に魚……前世紀は双魚宮だった。現在は宝瓶宮。いまこそ獣の、悪魔の、人間の時代。聖なる神の子の時代から二千年過ぎ、人が神の手を離れた時代。あるいはクラークの、『幼年期の終り』をまさに迎えようとしているのか。

 私は『B:1010011010、H:29A』をもう一度見直してみた。

 仮に『110110110』とすると。単純に二進数を3ビット……8進数に宛てて並べるならこれが無論666となるが。

 16進数で1B6……日本語発音でイビル、つまり悪だ。単なるこじつけだけだな。10進数で438……特に深読みするに値するかな。読み屋とか。は、パラノイアの妄想に近い。

 これらを偶然の一致にするには出来過ぎている。だから幸運とかと呼んでもいいだろう。決して運命論者でないとしても。

 それともこれを神秘的な超自然の加護か魔法か超能力だと、オカルトビリーバーは語るだろう。神は六日目に獣と人間を作った。そして人とは悪魔。すると666とはそれらと。

 偶然も積み重なれば必然となるし。この人の世の出来事は、確率的に不透明な世界に存在して成立し、みな生きている。

 宇宙規模のマクロ的には森羅万象の諸現象の確率は両極端の果てしなく無限大かゼロとなるし、素粒子規模のマイクロ的には不確定性原理の霧の中だ。

 どうやったって正解は存在しないし、答えはいくつもある。なにより答えに行き着く道はひとつではない。ゆえにこの道を『未知』という。

 解っていることはこの現代全面戦争となれば、本土決戦まで陥れば。街中を戦場に民間人巻き込んで……

 そんなことをしたら、機能しなくなって初めて、問題が深刻であったことに気付くだろうが、手遅れになるかも。いまどき人間の世界は滅ぶ!