休み時間に起きた『シェイクスピア喜劇』のおかげで、技術の授業は中止となった。男子の三分の二が倒れたのでは自然だが。喜劇はめでたいものだとしみじみ実感する。文学とは疎遠だが、シェイクスピアは偉大だな。
緊急事態に喜劇は事件へと変貌していた。倒れた十数名、全員収容できるベッドは無論、保健室には無い。病院へ運ぶにも教師の車数台に分乗になるし。
そこで即座に体育館のマットが運び込まれ、廊下に寝かされて手当て受けることとなった。この対応の速さばかりは、体育教師は有能だな。一応『保健体育』だけある。
死人がでなかったことはまあ良かったが。これを、最初から仮に死んでもかまわない、とする態度は『未必の故意』といって、法で禁じられている事は知っていた。これは、殺人と同じ程度に扱われる重罪なのだと。しかし、俺の場合過去は理不尽だ。
何故知ったか……小学生時代、暦をいじめていたやつを一人滅多打ちに伸したら、教師に捕まってこっぴどく叱りつけられたのだ。は、未必の故意はどちらだ!
その生活指導教師も、暦への男子児童集団でのいじめは無視して……これが現実。
(マスター・焔?)
シュガーの焦った声。こいつはご満悦と思っていたが……どこに潜んでいるのかな?
(焔、キメラの群れが迫っています。匂いとかでわかるのです。おそらくは悪意のある人が操っています。わたしを消しに来たのかもしれません)
はっと俺はATを装備し、周囲を検索した。レーダーナビ索敵情報には……映らないな。ひとたび捕まえれば特徴はスキャンできるはずだが。軍事企業の尖兵か?
「シュガー、迎撃するか? 中学で事件が起これば問題だが、なまじたいていの民家よりは、ずっと頑丈な砦となる。複数相手でも、一体ずつ応戦できる。戦術の基本だ」
(ではどう対抗しましょう。わたしもキメラの姿になりますか?)
俺は高校生を食べていたこいつのキメラ姿を思い出し、否定した。
「だめだ。俺と同じ人間の身体で応戦しろ。俺なんかよりはるかに強い力があるのだろう?」
(でしたらそれよりはわたし、マスターの身体に憑依します。貴方は強い拳闘士ですから。意志と技をそのままに、筋肉と鎧として力と速度、堅牢な耐久性を増強します)
認めたが、これは狂気の沙汰だ。俺はなんのために闘う? ここには守るべき人も価値も大義も、なんら理由がないのに。逃げるとしても、誰に責められたものではない。
兵法の基本は勝ち目がなければ逃げること……これは亡き海神なら言いそうなセリフだな。しかし俺は誓った。負けるとしても誇り高く戦うと。
って……キメラ、すでに校庭を徘徊しているではないか! それも……何十体いる?
学校の対応は早かった。校内放送が流れる。この声、体育教師だな。
「非常時だ! すべての防災シャッターを閉めろ! 生徒は全員、取りあえず校舎A棟一階の中央付近の教室へ退避! 訓練通り、冷静に落ち着いて進め!」
この体育教師の言葉に、俺の担任の国語女教師が意見していたのが聴こえる。
「生徒はみんな、体育館に集めるべきでは?」
「だめだ! 体育館は広すぎて、化け物の侵入を防ぎきれなかったら良いように蹂躙される。それに出入口が少なく狭いから脱出困難な密室となる」
ほう、この体育教師戦術論をご存知だな。柔道を教えていることからして、武人としての嗜みか。しかし、放送で『化け物の侵入』と流してしまったのはうっかりだな。
悲鳴や叫びが上がっていた。それはどんどん大きくなり、生徒の一部がパニックとなる。誰が押したか、ここでようやく非常警報が大きくワンワン鳴り始めたが、それは混乱に拍車を掛けただけだった。
これが現実か……俺はどう動こうかな? しかし事態はもっと驚嘆の場に変わっていた。