今日の二時限目は体育だった。また柔道。体育教師からは見学するか、と提案されたが、プライドに掛けて断った。準備体操と、回り受け身の練習を軽くしてから乱取り稽古に入る。いつも通り身長順をずらして、昨日俺を投げたでかいヤツからだ。

 開始……刹那。俺は組まずに一気に相手の懐に飛び込み、胸を突き押しながらその軸足を刈る。半ば反則技だが、この程度のお礼はして当然だろう。そいつは派手に転倒し、背中を強打した。苦痛の声こそ上げないが、表情が歪む。すぐには起き上がらなかった。

「一本!」

 体育教師が感心した声で言う。

 拍子抜けし、俺はあっけにとられていた。なんだ、こいつ。受け身を取らなかったのか、そもそもまさか初めから受け身を知らなかったとはね。信じられない傲慢だな。

 自分はどうせ投げられないだろうと油断していたな……でかいだけの低能が。

 そいつはまず保健室へ、次いで病院へ運ばれた。アバラが数本ヒビ入ったらしいと、教師はクラスに連絡をしていた。それはそれは、育ちの良いお坊ちゃんだこと!

 昼休み。俺は取り巻き(俺ファンクラブ?)の女子生徒たちにレクチャーしていた。

『……小学低年児のガキが、『光年』は時間ではなく距離のことだよ。一年かけて光が進む長さだよ、と教えられて解らず、地球の時間で一年だよ、と聴き地球での時間の流れと宇宙での時間の流れは違うのかと誤解していたな。

 まあ、後に相対性理論を学ぶのなら悪くない誤解だ。光は一秒で地球を七回り半進む速さなんだよ、と聴き光が地球の重力でそこまでくるくる回っているのかと誤解するような……

 『電気の速度は?』との問題。これは問題そのものが誤っている。電気、というのが静電気や電位、帯電荷であればほぼ0だ。電流ならば光速と同じだ。これは常識。

 しかし意外だろうが、電子の速度は秒速数センチなんだ。亀の歩みとどっこいさ。

 これは、ピンと張った紐を片手から片手へ引っ張るとき、紐が引っ張られた力は瞬時に伝わるのに、引っ張られた箇所が引っ張った長さだけ動くのは時間がかかるのと同じこと。

 質量と容積を誤解し、容積は質量のことと勘違いする子供もいる。まあアルキメデス以前の大人はこんなこと考えなくても生きていられたのだよな。『役に立たないなら、物理である』との警句が痛い。

 小学校の質量保存即に徹底的に疑問を抱き、燃えたら質量はいくらか少なくなるはずだと信じ、高校理系の相対性理論を知って自分が正しかったと喜ぶ感動はすごかった。質量1g、灯油1000tに匹敵するんだ。

 物を燃やしたときに、質量はどうなる? 質量保存側で変わらない、は中学生レベルまで。厳密には相対性理論に基づき質量は熱量分減少する。妙な言い方で天文学的に微量だが。

 重いものと軽いものはどちらが速く落ちる? 同じ、と答えるのはニュートン力学の小学生レベルまで。落とす物質が極めて質量が高ければ、それ自体重力の影響で極めて微小にではあるが速く落ちる。仮にブラックホール同士の衝突なんて起これば見ものだろうね。

 重力は、あらゆるものがあらゆるものを引きつけている力だが。1メートル離れた人間同士でも、髪の毛の先ほどの重さの重力がかかっているという。無重力真空の宇宙空間では、たったそれだけの重力でも数時間で引きつけ合って衝突するという。

 SFアニメや映画では宇宙船が小惑星のたくさん乱れ飛ぶ宇宙空間を飛んでいくが。現実の太陽系のアステロイドベルトはもっとばらけているんだ。……』

 ? 俺は放課後相談室に引っ張られた。てっきり今朝の柔道の件かと思ったら、意外にも相手は担任の女性国語教師だった。彼女はピシリ、という。

「ヒーローごっこをして、他の生徒に間違いを教えないでください」

「なんのことです?」

「昼休み、貴方はクラスメートに嘘吐いていましたね」

「先生は相対性理論を知らないのですか?」

「そんな理論! 核、原発なんて最低です」

「過去どのみち稼働は止まらないのに原発は発電停止だけしましたよね。核融合と核分裂の違いも解らないのですか。原発とは訳が違うのに。それに相対性理論を誤解していますね」

「話題をすり替えていますね。質量保存則とか電気の速さの件です」

「はあ? 話は変わっていませんよ、先生が理解していないだけだ」

「間違いを教えて足を引っ張ろうとするのが卑怯と言っているのです」

「では理科か数学の先生に聞いてください。ゆとり教育で量産された新米教師には解らないかもしれませんが」

 俺は言い捨てると無断で席を立ち、帰宅した。