家に帰ろうとすると、街頭に照らされる路上に暦がいた。ブレザーではなく、私服姿だ。高校だって授業のある平日、これはあり得ない。俺はきつく言い放った。

「おい、シュガー。暦の姿は止めろといったはずだ」

「なあに、焔。シュガーって」

 きょとんと問う暦……これは本人か! 考えてみれば今夜も遅いし、私服でもおかしくない……というか、まさか俺以外の男とデート? ではないな。いくらネクラ女ヲタな暦でも、デートの日くらいはもっとお洒落するだろうから。

 まあ、塾とやらの帰り……にしては早いし。俺の百均腕時計の液晶には、20:05分と表示される。いくら使い捨ての安物とはいえ頑丈だし、日にコンマ一秒も狂わない。

 とにかく俺はとぼけた。魑魅魍魎のショゴスの話がばれたら面倒だ。

「あ、暦も知らないのか。なんか最近のアニメだか漫画だかのネタらしいよ」

「知らなくて健全よ。いまどきの厨坊の見る夢なんて知れている。私たちは、もっと大きな山を乗り越えて来たじゃない。東京新撰組志士、『雷帝』として」

 志士、か。雷帝としての働きは、歴史の陰に埋没する定め、ひたすらに虚しいものだった。史実の幕末新撰組同様、あのときの東京新撰組は逆賊扱いだからな。しかし。

 俺の生前、四肢の無い志士がいたという。かれはそれでも苦学し、同時に青春し、そして超難関大を卒業し、自伝は超が付くほどのミリオンセラーとなった。

 身体障害者か……他の知的・精神障害者とどちらが幸いかな。否、かれは傷害を不幸とは述べていない。かれは体が不満足……対する俺は心を病んでいるのを自覚していた。

 心が不満足? は、己をこんなに美化し洒落てみたって、誰も同情なんかしないし、俺もそんなこと望まねえ。だがこの渇きは……強者には解るまい。

 だから俺は絶対、強者になりたい。すべてはすべての弱者のために……虐げられ泣く者を救うために、無くすために……

 と、答える声がした。耳からではなく、頭の中だけに。シュガーだ。

(力を知りたかったのです。強くなりたいのではなく、力を。なぜそんなものを振りかざし、弱者を虐げるものが多いのかを。故に貴方をマスターと認めたのです、焔……わたしどもは力の具現化として創造されましたから)

「わたしども? では他にもおまえみたいなのがいるのか?」

 思わず問い返した俺に、暦は問いかける。

「なんだ、電話中か。ではまたね、受験がんばってね……私みたいなボンクラ高に来たら、最悪よ」

 暦は去って行った……改めて観察すると、やはり肉付きが悪くて貧乳だな。きりっとして澄んだ奥二重の琥珀色な瞳と艶やかな肩までの黒髪だけは、とても素敵だけど。

 と、シュガーから声が来た。

(繰り返しますがわたしどもは、人間の手で創造された合成獣です。このキメラのことは、マスターはご存知のはず)

「検索で知っただけだ。造られただと!……誰がなんの目的で?」

(人間で言うところのマッドサイエンティスト……某研究所の過激派。魑魅魍魎な奇形体のわたしは、できそこないとして殺処分され掛かっていたのを脱走しました。開発陣は、軍事企業と手を結び、それに吸収される形で巨億の資産を手にしました)

「つまり、キメラを兵器として使うと言うのか……狂っていやがる!」

(はい、生物兵器、バイオモンスターです。次々生み出されています)

「捨て置けないな……敵は決まった。だが相手は、その企業とやらだ。生み出されたキメラには、なんら罪はない。それに俺は例え負けるとしても、誇り高く戦うつもりだ」

(寛大にして度量あるご覚悟……感謝致します、マイ・マスター)