意地を通し断固として、早退などしなかった、打撲事故の帰り。まだ満足に前が見えず、ふらつく足取りで、俺は自宅アパートまで歩いた。
途上、クラスの男子の厭味ったらしい侮蔑と背後からの小突きを何度も食らった。女子はそいつらを『最低!』と激しく非難していたが。
俺は嫉妬されやすいのだよな。女顔で、自慢じゃないがよく美少年と呼ばれる。
そんな俺の想い人は、物心ついてからただ一人……幼馴染の暦だけだが。母子家庭で父のいない、母を除けばそうなる。それになぜ暦に幼少時恋したか、忘れた。ま、もはや良い。
ここは東京といっても僻地、まばらな民家にアスファルトのごく当たり前の平和な日本の道路、人通りは少ない……?
俺の特製情報端末AT、『アドバンスド・ターミナル』に警告が入った。危険な生き物が至近に居る反応! 見逃せない。かつての『志士』として……。駆け寄る。
AT(警報装置があるので、盗難の危険がない)のモニターであるモノクル(片眼鏡)を掛け近寄ると、ATにデータがスキャンされモノクル超しに網膜に投射された。
……って、いくつも頭や手足、それに無数の角や触手のあるモンスター……
化け物! まさかこんな! 中二病の夢か? 初夏の日の長い、まだ明るいさなかに。
検索結果が出る……あれはファンタジー世界で呼ばれるキメラ(合成獣)だ! どうする、普通なら警察へ連絡するのが筋だろうが。こんなこと信じて貰えるか!
ならば『志士』として俺が倒さなければ。そう、俺は……数カ月前まで『東京新撰組』の隊士だったのだ。その組織そのものは、形だけ賊軍として霧散したのだが……
と、そいつが視界に入った。
しかし時すでに遅し……どうやら高校生らしいブレザーの少年が、体長3mはゆうにある頭が三つ……鳥、山羊、それに竜の、四足で腕がたくさん伸びたおぞましい異形の怪物に食われていた……三つの口で少年は頭と両肩からぱっくりだ。
存分に咀嚼され頭の無い高校生の首からは大量の鮮血が吹き出ているが、怪物の三つの頭とおぞましい伸びる触手の群れは執拗に動きその血をこぼさず、獲物を平らげて行く。
キメラの動きはかなり鈍そうだが、止める間も無かった。勝てるのか? こんな化け物に。なんて非日常……中二病の妄想? 俺は中三だ。それもすでに十五歳だ!
いくら俺がボクシングできたって、限界があるだろう。所詮人間同士が闘うため『専用』なのが格闘技だ。ヒット&アウェイ戦法通じるか?
刃物があれば死角から不意に近寄り、こいつの喉を裂いて……カバンにある文房具でなんとか……しかしカッターナイフは弱すぎる。だがハサミなら少しはいけるか。
はっとする。このキメラには無数に目がある。背後にも十数個。なんて醜悪……その目玉の群れが睨む。見られた、見つかった! 死角はないな。ならば目を潰す!
これにちょうどいい武器がある。かつての『戦い』で活用したペン型パルスレーザーガン。殺傷力はないが、目を一時的に失明させるには十分な出力だ。これで!
危険な至近距離ぎりぎりに肉薄し、レーザーをキメラの目に照射する。効果は覿面、苦痛に悶えるのが解る。しかしコンデンサーに充電の必要があるので、そう連発できない。
走って退いて充電時間を稼ぐ。もっともっと撃って、キメラの目を片面はすべて……長期戦になるな。充電は一回一分近くかかる。
しかしここで猛烈なめまいに襲われる。いまごろ柔道での脳震盪のショックがぶり返したか……目の前に無数の星が散らばって行く。緑と紫のきらめきに覆われ……
視界が効かない。ヤバい……意識を失うのを止められなかった。死を感じていた。