東京新撰組 悪鬼ホムラ!編
俺は中学の体育、柔道の乱取りが大嫌いだった。なぜって正規のルールの体重別ではなく、身長順をズラして相手が決まるからだ。つまりクラスでいちばんチビの痩身な俺が、身長差30cm以上あるいちばんでかいやつから、真っ先に組まされるのだ。で、今日も。
って、それでは俺が勝てるわけがないだろ! しかし簡単には負けない。開始するや襟元袖元に伸びる相手の手を、両の手刀で払いのける。場外ぎりぎりの間合いを保ち、ステップして回り込み、相手の懐から逃れ、時間を稼ぐ。しかし。
体格の大きい体育教師から『教育的指導』が入った。で、組まされてからの練習となる。どう抵抗したところで、体重差倍以上あれば力尽くで投げられて終りだ。
しかもそいつは手放しで投げやがった! ルール違反。俺は受け身がとれず、後頭部から畳に強く打ちつけられた。目に、星が散った。どっと嘲りの声がした。
目の前が明るいのか暗いのかわからない。見えない。俺はプライドに掛けて立ちあがり、組み直そうとした。クラスのやつらの嘲笑はここで、戸惑いの声に変わった。
そこで教師から休まされた。後で知ったが俺は満足に目が見えず、焦点が合わず恐ろしい形相をしていたらしい。ひどい屈辱だった。
柔よく剛を制す、なんて言葉遊びだ。事実は互いにがっしりと組んでから始まったのでは、こうも体格差があれば、柔道のルールでは勝ち目はまるでない。
もっともボクシングなら、いくら大きいのが相手でも俺はそう簡単には負けないのだが。大抵のパンチならかわしてみせる自信があるし、急所を軽く殴ればどんな巨漢だって一撃で沈む。実戦の覚悟をマジで決めた、『臨戦態勢』に無い相手なら。
アドレナリン分泌だったかな? 副腎随筆とやらの代謝を活発にしていれば、戦意は湧き殴られてもあまり痛みは感じない。いわば脳内麻薬だ。
で、俺は満足に見えない目のまま次の授業へ移っていた。保健室で休むなんてプライドが許さなかった。得意な数学の授業だったが、黒板の文字が読めなかった。脳内出血でもしているかとも思ったが、どうせ俺には病院に掛かる金は無い。死ぬときは死ぬさ。
それでも体育だから男女別れていたクラスの女子どもは俺を心配して、休み時間俺の机の周りに群がり、ひたすら俺に声を掛けてくれた。そして体育教師を非難していた。
なんたってその体育教師は「俺はスポーツ推薦で青学に受かっていた。だがそこでは卒業できないだろうから日体にしたんだ」。などと吹聴する体力馬鹿だった。
まだダメージは残る放課後、体育館に出向き俺は体育教師に言ってのけた。
「まず、世界には決定的に『価値観』が違う人間がいることを認識してください。価値観によっては柔道なんか誇れるどころか侮蔑の対象です。しょせん力で人間同士が闘う格闘技の中でしか生きられないのなら、格段に人間としての度量に欠けるということです」
柔道教師は意外そうに答えた。
「武藤、おまえは良いランナーだし、フライ級ボクサー志望ではなかったか? いっぱしのスポーツマンだと思っていたがな。理数以外の成績は悪いらしいが」
そう、俺の名は武藤。武藤焔(むとう ほむら)という。ちなみにハンネだ。諱(本名)は役所登録、現代の常識だが公には知らされていない。で。
俺は短距離スプリンターとして立ちたかったが、その夢は捨てるときだ。陸上短距離は、障害者が健常者の記録を抜いてしまった。義足の方が速く走れるなんて。
たしかに健常者にそんなクッションどころかスプリングの利いた靴を履かせれば、とんだ大記録作れるかもしれないけれど。ここで、パワードスーツか……アニメの世界が。
ちなみに健常者とは差別用語だよな……障害者という単語が発生し、そこへ対となる単語が求められ生じたのだ。はるか過去の国語辞典には載っていないらしい。
中学三年……暦のいない一年……長そうだな。芽柏暦(めかし こよみ)、俺の幼馴染で一週間早い生まれの上級生……俺の大切な人。俺の動機は彼女を守る。それだけ。