『朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり』、か。これは道徳で極端な自己犠牲主義で扱われて嫌な言葉だった。有り難い真理を教えてやるんだから、お前ら満足して殺し合って死ね、とでもいわんばかりの教育の押し付け。『真似できるならお前が死ね』と言いたい。敵地に爆弾抱えて乗り込んで自爆して、敵軍事司令と政府首脳巻き込めばそれで終わりだろ。

 日本は矛盾していることに、右翼が存在しない。在るのは中央路線か左翼なのだが、それのいずれも保守派であると同時に革新派ともなるのだ。右翼と左翼の立場は往々にして入れ替わる。この国で右翼と表立って名乗るのは、根拠ない戦争賛成派くらいだ。

 午前で授業は終り、昼過ぎの学校帰り焔と二人で、海神と語り合った思い出の公園を歩く。ふと、センサーに反応が入った。後ろからふいに声を掛けられた。怖さではなく切なさにゾクリ、とする。幼い女の子の気弱な声……

「あのお兄ちゃん、死んじゃったの?」

 幻香だった。そういえば、この子は海神を倒した時かれの所持金を盗んでいない……しかも、公園ではたしか堂々と前から歩いてきた。顔はうつむきかげんだったように思ったが。知っていたのか……易者、身の上知らず、だ。自制しないと。

 私はせめて優しく答えた。

「幻香ちゃん、あの人は少しだけ、いま遠い所に行ったのよ」

「死が絶対で、もとに直せないということは知っているの。わたし、お兄ちゃんのことだけは好きだったのに……」

 幻香は嗚咽をあげてしゃくりながら悲痛に泣いていた。正視に堪えない痛ましい光景だった。しかし泣けるときに泣かないと……生きていられない。私はこの子を、背後からそっと抱き締めてあげた。

 幻香はぐずぐずと涙混じりに苦しげに言う。

「死が好き嫌い関係なくすべてを別つのは、いま知ったの。それなのになぜわたしなんかが生きているんだろう……好きな人がみんないなくなっても、生きている意味がなくても死ぬのは怖いのに」

「私についてきて。マックよろうか、ハンバーガーセット買ってあげるわよ」

「ううん。わたし、お金なら持っているの」

 幻香は私たちについてきた。それから公園を離れ、繁華街へ。街角のモニターのトピックでは『事故』で落ちた四機の戦闘機の残骸回収が中継されていた。『生存者、皆無』……

 撃墜された戦闘機を漁るなんて、まさに火事の後の釘拾いだな。それでも百億円を軽く超えるガラクタからの釘拾い、レアメタルに電子機器。ジャンクパーツでも数千万円にはなる。これを微々と思えば金銭感覚のズレだが、現実は庶民には大金だ。

 その虚しい作業光景を見て、幻香は怯えて震えていた。海神の――死んでいたとして――遺体は、回収されるのだろうか? トピックでは、東京新撰組は反社会的テロリストとして小さく扱われていた。そんなことはどうでもいい。幻香のことを市役所の窓口で相談した。施設で保護してもらえる運びとなった。これで終りか、ほっとした……

 ……と思った矢先、忽然と幻香は消えていた。所持していたスマホを捨ててまでして逃げたのか。誘拐ではなく、自ら去ったのはモニターされていた。どこへ……。モバイル端末は個人の居所を確認する決定的な手段となる。無いと警察でも個人情報を掴むのは困難だ。

 焔は、あの子なら大丈夫だよ、と気休めを言っていた。

 果てしない虚脱感無力感に見舞われ、やみくもに帰宅する。途上、焔は吹いた。

「これからどうしようか。とにかく戦争なんてラ・フランスだ」

「オヤジギャグね」

 つまらないジョークだが、少し気が抜けた。

 焔はいつになく、真面目に発言した。

「暦も丁寧に読めば可愛いと思うよ」

「丁寧って?」

 なぜか思わずドキリ、とする。しかし。

「御を付けて……おめかし、こよみ」

「ばか!」

 私は焔を思い切り張り叩いた。そして改めて気付く。こいつ、私のことが好きだったんだな……ガキのころからずっと。私を守る騎士。私が美少女の幻香に嫉妬しているのが解ったのか。遠慮なければ近憂あり……少し意味合いが違うか。

 『実際に使える誤りは、理解できない真理より有用』ってことがやっといま理解できた。私は焔が好きだ。愛とやらはどうだか知らないが。木仏、金仏、石仏、その意味も知った。

 麒麟も老いては駑馬に劣る。朝顔の花一時……季節ものというわけか。思春期のガキどもが、下半身でものを考えている理由がようやく解った。いつか枯れる日を恐れているのだ。

 そいつら『いまを楽しく生きる』とかいって、周りに流されて刹那的になっているだけではないか。青春とは命を燃やすものだ。それは性愛とベクトルが違ってなにが悪い?

 『秋の鹿は笛に寄る』か。落つれば同じ谷川の水、とはよく言ったものだ。私は満たされているな、これで。口に蜜あり、腹に剣ありの有志。私もかなり活字に馴染んだな。国語はなめてかかれば、多々楽しく遊べることが身に付くものだ。ま、馬鹿な夢想は置いて。

   ……   

 これからの課題は山積みだ。なにも終わってはいない。というより始まってすらいない。『教うるは学ぶの半ば』、ならば学生の私が、『既往は咎めず』と、善く対処せねば。

 大麻草栽培のクーデター騒動は鎮静化できるかもしれないが、二酸化炭素排気と地球温暖化問題は解決しないのかもしれない。雷帝にとって当初の最大の課題焦点だったこれからの臓器密売人身売買は防げない。海神を失っては至難だ。さらなる探索追求が必要だ。

 それに自分の諱も人の愛情すらも知らないで育つことであろう、痛々しい幻香ちゃん……あんな子を出す社会なんて狂っている!

 皮肉に思い返す……『情報は上層部にアップされるほど劣化する』。正面から社会正義を貫くには、この警句が実に歯がゆく耳に痛い。

 いまは司法上の例外、公害処理の原則『疑わしきは罰する』という前提が通されていない。

 日本の放射能汚染は、海外でははるかに大きく報道されているが、日本のマスメディアはほとんど取り上げない。かつてのチェルノブイリや、枯れ葉剤のベトナム問題の奇形児などは、日本は大々的に連日報道していたと歴史ではいうのに。

 それに報道ではCO2の削減量を、森林面積単位換算にしているところにトリックがある。実は、森林とはあまり光合成が活発ではないのだ。光を求め高く成長した木々の下で、光に飢えた弱い植物が生えていて、ろくに光合成できないため、代わりに酸素を代謝して二酸化炭素を放出している。たしかに広大なアマゾン川流域の熱帯雨林は、世界の二酸化炭素吸収、酸素供給量の数割を占めるというが。

 だから、二酸化炭素を吸うなら草だ。草は、代謝に優れる植物だ。数千万年後の遠い未来には森林に取って替わって、草、特に竹が進化したものが地表を覆う可能性が指摘されている。なにより広大な海。海藻に植物性プランクトンの存在がかなり大きい。

 項目を参照する……ガイア理論にのっとれば、二酸化炭素の増大は植物の成長を促進するのだから、単純加算式には地球温暖化は進まない。むしろ植物の過度の二酸化炭素吸収は、地球にまた生物種大絶滅の氷河期すら招く危険がある!

 遺伝子操作した強力な植物なんかが繁殖したら、既存の植物を荒らして根絶やしにしてしまいかねない。マリファナ栽培が、その典型例になるとしたら……もしもだけれど。

 これで私たちは勝ったのか、負けたのか、犠牲は無駄だったのか。正義は誰にあったのか。それらの真偽の答えは誰にも解らない。ただ言えるのは、この偽りの腐臭に満ちた世界で、義を掲げ戦い抜いた志士たちがいたこと……ならば。

 石が流れて木の葉が沈む、暗夜に灯火を失うようないまの世も。心ある士がいればきっと理想的に変わっていく。一に看病、二に薬というし。

 この夜、私は寒い季節というのに、浴室で熱い湯船に浸り十分温まると、出て思い切り冷水シャワーを頭から浴びた。自らの戒め、禊に。しょっぱい涙と、それより笑いが吹き出る。明日へ、矜持を新たに。

 樹静かならんと欲すれど風止まず。いつの時代も欺瞞の風強い。立ち向かうのが、『誠』。

 

(東京新撰組 雷帝コヨミ!編 終)