それはいつもの平穏な当たり前の日曜日だった。刻一刻と焦燥感湧くだけの忌々しい高校受験が迫る、月曜日の前の楽園。日の光眩しい好天続く大切な昼下がり……突然。

 ビィーーッ! ビィーーッ! ビィーーッ!      外して机に置いておいたATからビープ警告音が鳴り喚いた。モノクルは赤く点滅している。

 これは空襲アラートだ! 奇襲はこんな真っ昼間に起こるものか?

 いったいどこの戦力……緊張関係が決壊点を超え崩壊、隣国が日本を攻めて来たのか?

 海神の言葉だが、いまの情報化社会は、正確な情報を握り的確に要所に戦力を投入すれば、軍隊は極めて短期間の効率的に、国を制圧できる……この日本であれ。

 もっともそれで勝てるかどうかは、全世界的規模の視点から、戦争責任が問われるはずだから容易には動かないはずとの希望的観測が自然だ。

 直ちにATを装着する。情報は、一機のF16戦闘機が海神の手で発進したということ……自衛隊機は迎撃する様子ない。東京新撰組機が8機スクランブルしている、指揮官は賀茂? 史実通り粛清し合うのが宿命というの? 歴史は繰り返すなんて私は信じない!

 荒っぽく強制割り込みで焔にリンクして、取り乱して叫んだ。

「出撃したって、どういうことよ! 海神さんが……いくら彼でも自殺行為。それに彼は、賀茂を支持していたのに」

 仮想映像先の焔が珍しく狼狽している。

「彼はATの制作者だ。俺たちの会話を聞いていたのかな。すると賀茂芹菜女史を倒しに掛かって自然な流れだ。……東京新撰組は賊軍に落ちたものだな……それより、ターゲットが射界に入ってくれないと、いくら射程が極めて長いからってパルスレーザーは意味が無い。地上からは狙えない。いまからでは間に合わないな、スカイツリーの上にでも設置しておくのだった……それでも天候的に至難だ。なにか手は無いか?」

 海神は政府の闇とつるむ、欺瞞の根源たる東京新撰組を倒す気か! 私は息巻いた。

「迎撃しましょう。タクシーに乗って現地、接触点の予想戦闘空域の近くへ行けば!」

「俺とてもそんなお金ないよ。良く知らないがたしか軽く一、二万円するだろ?」

「いまは国、世界の大事なのよ!? なんとか先回りして……」

「なら電車で行こうよ。入場券だけ買って、急行でその予想地点の最寄り駅へ。特急でないのなら、降りなければキセル乗車とはならない」

「了解。レーザーブラスターとやら、用意してあるのでしょう?」

 ……こうして、私と焔は待ち合わせ駅に合流した。駆け込みまず鈍行、一駅先から急行へ乗り換える。この時間帯はすいているな。

 焔は無言で学ランのポケットから、すっとペンを三本抜き出した。まさかこれが?

 信じられなかった。戦闘機を無力化できる武器がまさかのペンサイズとは。ATとリンクして、光学的に目標を望遠視して照準、撃つことができる。殺傷力は無いが。

 これが千円しないとは。使い方しだいでは、私たち国一つ乗っ取れそうな気もする……いやいけない、いけない。この兵器は殺傷能力版が各国で目論まれ開発されている。

 電車内、揺られながら憂鬱に思う。海神、過去を清算しようとしたのか……馬鹿だな。いまどき中学生ならまあ早すぎるとして、高校ともなれば性交渉があって普通なのに。それが無いのは私のような不細工だけだ。あの危険な美少女、幻覚斎、幻香ちゃんも自分を醜いと思っているのか。恨み骨髄に徹す、かな。それとも海神を憎んでいるのか……

 焔はいつもらしくもなく意気消沈していた。

「海神も不器用だね。戦士は不器用にしか生きられないものらしい……ダイヤ調べたけれど、両者の予想接触空域へは間に合いそうにない……なんて無力なんだ俺……」

 当然か。たかだか100km/hの電車に、軽く600km/hを超す戦闘機では。それに、ターゲットがそんな長距離で高速では事前にその航路に合わせ照準を偏差計算処理し、精密にピンポイント狙撃をしなくてはいけないのだから。

 これらをATで介入できないか? 私には無理だ。やるせなく語る。

「人生は前にだけ進むしかないけど、ときに後ろに振り返って、初めて己が解るものね」

「大震災のような天災の教訓で身の程を思い知るべきだったのに。人間は馬鹿だね」

「ほんとうのエラーは天災より人災、人間が犯すものよ。人間の最後のいつもの敵は人間なのがこの地上の掟。人間こそ地上最強の生物なのだから。ちょっと道具を使わせたら敵う獣などいない。生身では肉体的に猛獣より弱いかに思えてそんなのほんの少しだけ」

「ボクシングなんてなんの役にも立たない……強さと力は別物か、いま解ったよ」

 と、ATにメールが舞い込んだ。海神から!

(DNA鑑定で、資産家の豚の臓器移植提供者として最も適切と判断されたのが、僕だったんだ。だから陰で手を回され、幻香は僕を倒した……だけど僕には多少心得があったから、意識こそ失い肋骨折ったものの重体にはならなかった。そして、幻香は僕に気付いたはずだ。あの子は僕を見逃してくれた。みんなのために、僕は表舞台から消える)

 虚しく早引き辞典を引用する。『待てば海路の日和あり』、というのに。死に急ぐとは。私もいささか『手書きあれども文書きなし』だな。そんな才能は無い。

 しかし公にはできない。『口は閉じておけ、目は開けておけ』という。『口は禍の門』だからな。『真実を語るのは、馬鹿か狂人のみ』というし。なにより、最善とは最善ゆえに良い理論ではないのだ!

 『昨日の綴れ、今日の錦』という。誰しもに希望ある未来を……約束できないのが、現実なのか。月日に関守なしというのをつくづく感じる。これでもなまじ、バブルの数年期を除く、むかしよりは暮らしやすい社会らしいのが、皮肉なものだ。

 焔は呪わしげに愚痴った。

「戦闘機が戦闘機を狙うなんて、馬鹿げている! 戦術的に、非効率で無意味な戦いなんだ。単に対空ミサイルに任せれば良いだけのこと。戦闘機は攻撃機や輸送機を狙ってこそ依って立つ。守るべきターゲットがいなければ、敵戦闘機なんて見逃して良い。余計な犠牲は出さない、敵であれ。ここはATでクラックを! セキュリティ堅過ぎる相手だけれど」

 気合を入れて、ATを起動した。探索……?!

 しかしここで、ATが急に動作を停止した! 驚くと、他の乗客も口々に、モバイルの送信ができなくなったと動揺し始めた。電波ジャミングか! 電波塔の機能を制限するだけで、情報はほとんどシャットアウトできるからな。

 これはかなりな非常事態だ。民間にはほんとうの情報は入らない。しかし現実事実は軍事衛星により筒抜け。こうなると戦闘機なんてガラクタ同然。混乱が広がってきたが、社内アナウンスは通常通り機能していた。受信も普段通りだ。

 テレビラジオトピックいずれも、戦闘機のことなんておくびにも出ない。三十分も過ぎ、乗客たちの不満募ってきたころ、すべては復旧した。

 ATならGPSで座標解るはずなのに、海神の反応は消えた……行方不明であってくれ……行方不明者の99%方が遭難死しているのが統計の真実であれ。

 ここで泣くわけにはいかない。私は無理に微笑んだ。そして警句を引用する。

「人生なんて世界に真理を発見して愉しむか、欺瞞を発見して愉しむかよ」

「あら探しか。手厳しいね」

 こんな現状というのに、屈託なく笑う焔だった。子供には世界の欺瞞は将来の課題。

 とにかく、クーデターに大麻草栽培は防げた様子だ。事件が内密に伏されたなら、近隣諸国が口実付けて進駐に来ることもないだろう。終わり、かな。