海神はCADの設計図をディスプレイし見せていた。まさかのレーザーブラスター! 事実上無敵の兵器。照準に収めて発射するだけで、有視界戦闘なら間違いなく100%命中する。見えている、ということがすでに命中している証拠なのだから。兵士だろうと戦車だろうと戦闘機だろうとトーチカ砦すら瞬時に容易く撃破する。

 光速は秒速約30万kmなのだから、たかだか目標数キロメートルの陸上戦、それどころか千キロメートルくらいの衛星軌道戦では、重力誤差を考慮する必要は無い。1Gで落ちるといって、30万km飛んでやっと5mだ。ただ人を殺傷せしめるだけならこんな武器が、現在は数十万円程度で作れるのか。しかも充電するだけだから、炸薬式の実弾と違い、まるで弾薬費がかからない。はるかにプレミティブ。一昔前の歩兵の銃撃戦は、兵士一人を倒すのに、アサルトライフルの銃弾一万発、数万ドルは消耗すると言われていたのに。

 そこまでしなくても前線で小銃弾撒き散らすよりは、ペンライト並みの出力のレーザーを、敵兵士の目に当てれば即失明だし、殺しまではしない。……

 海神はこれらを滔々と説明した。

「発振器に必要なコランダムなんて、いまどきフリマで百円。各種電子部品も数十円単位。戦闘機に戦車の、装甲を撃ち抜くのは無理だけど、レーダーや電波送受信機ははるかに脆い。そこを突けば簡単に無力化できる……まあ机上の空論だが」

「まさかハンドガンサイズ以下なんて。出力は熱量的に何ジュールかな?」

「EVOLTA単三乾電池ひとつの1.5Vだけど、これを変圧して3000Vをコンデンサーに蓄える。0.00……なんとかの一瞬だけだけど、100A300000W……でも熱量に直すと10kカロリーにも満たない。使用しても銃身がすこし温まるだけだ。再発射までの充電時間は一分間弱。銃身のオーバーヒートには要注意だね。空冷式なだけだ」

「スタンガンにも満たない電圧に出力の単発パルスレーザーね。価格いくらするの?」

「材料費ひとつ九百二十一円、税込。僕の労働力はサービス。いささか高くついたな」

 恐縮した素振りで笑う海神だった。

 驚く。高くついたってなんのジョーク……ケタ一つか二つ間違えていないか?

「後は焔に任せたよ。彼ならきっと迎撃射撃に必要なアプリ作ってくれる。どんなハードもソフト無しでは意味がないさ……おっと、さっそく!」

 トピックが入った! 自衛隊機、東京新撰組機双方撤退して行った……まさか千円に満たない武器で数十億円の戦闘機を六機撃退するなんて。双方ただ一機、ただ一点の電子端末の故障か。損傷機をかばっての撤退。とはいえ、点検整備修理には百万単位の金がいるだろう。維持費に回転費を考えれば、数千万円もの損失だ。

「たいへんな戦果ね。武勲だわ、双方犠牲なしなんて素敵ね」

「だが、これでまた罪を負った。加害者として生きることは、被害者として生きるよりはるかにつらいのだよ」

「なにを言って! 被害者のほうがつらくて当たり前ではないですか?」

 内心引用する。心理学や経済学は意味がない。そして自然は可能な限りうそを吐く。自然はなによりいつも隠れた欠陥に肩を貸すものだからそれは必ず表面化する。

「そうさ。被害者は自分を正しいと誰しも思う、それは精神的に楽だから。しかしこのおかげで過半の加害者は、自分の罪を認めないのが現実だけどな」

 それで解った。私は自分を被害者として正当化していたと。問う。

「幻覚斎、幻香ちゃんもそうなのでしょうか」

「間違いなくね。彼女は自分を被害者と正当化しているが、自らを加害者と気付いたら苦しむはずだ。あの子に十字架を背負わせたのは僕だ。リアで僕の家の近所にいた子だった。いまさら思い出したよ。あんな美少女になるなんて。僕はあの子の諱も知っている」

「え、海神さん?」

「五年前、僕が中学生の時……無防備に僕の膝の上に乗ってきたあの子に、セクハラを働いた。いや、言葉を言いつくろっても仕方ない、子供への強制わいせつだ。あの子はそれで性に目覚め、男に暴行された。以降ずっとそれがトラウマで。僕はチェリーのままさ」

 信じられない。この青年は温和な紳士だし優等生な上スポーツ、それも格闘技も長け、どう考えても女性にモテるはずなのに。わだつみ……我が罪、ハンネの由来かな。

 すると新撰組四悪人、伊東甲子太郎、山南敬介、武田勧柳斉、芹沢鴨……海神は山南を名乗っているのか。「わだつみ」と「やまなみ」、まるで違うがかなり韻を踏んでいるな。

「杖に縋るとも人に縋るな……まして神や仏に縋るな、そんな者こそ悪魔に憑かれる。悪に強ければ善にも強しというし。誇りを捨てることはないです」

 私のこの励ましに、海神は寂しげに引用した。

「明日ありと思う心の仇桜。夜半に嵐の吹かぬものかは……親鸞聖人の詠んだ句だよ」

 それは共感したが、私は意見した。

「このまま東京新撰組は滅ぶのか……『徒花に実は生らぬ』ね。『艱難、汝を玉にす』、よ。気に入らないセリフだったけど、この場合は良いでしょうね」

「それは人生の教訓として名言だと思う。なぜ気に入らないんだい?」

「いじめなどの虐待を受けたものが、奮起して働き社会的に成功したとします。一見は美談、いじめは弱者を鍛える正しい手段とみなされ、虐待が正当化される弊害を招く。これが濫用されたらどうなるか? 暴行され学校を中退した生徒が一時は情婦すら体験したのに、努力して司法試験に合格し弁護士となった……こんな実話が美談として前世紀ベストセラーになったらしいけど。『過ちては則ち改むるに憚ること勿れ』、です、繰り返すなんて愚か」

 私は呪わしい黒歴史を思い出していた。いじめをするやつらはよってたかって、ブスだのブタだの死ねだの生きている意味ねえ、当たり前にいう。それでいて、自分が普通の人間、私を異常な社会の屑と位置付けていた。いじめを美談とし正当化するなんて許せない。

 同じセリフを言い返すとして、「ああ、私とても好い事をしましたね。貴方これで東大大学院出られます。年収二千万三千万軽いでしょうから、私に一千万譲ってくれませんか?」などと言われたらどうするつもりか。引用する。幻想と改訂。すべてのビジョンは正反対のベクトルのリビジョンを受ける。私は……『しこめかよみ』と罵倒されていた。

 海神は感謝の意か無言で軽く礼をすると、そろそろ帰ろうか、と話した。