最近ネットトピックを一部騒がす東京の一角、通称『雷帝』に、こうして新隊員青年海神が加わった。彼は中学生から見れば、やはり大人だ。三人か、こうなると組だな。海神はハードウェアの扱いに長けている。ソフトをかじり始めた私は未熟だけど、コード化に必要な語学を最近意識していた。数学に長ける焔とは強力なメンバーだ。

 こうした個々の有志が集って構成されるのが、情報網の草の根レベルで繋がっている『東京新撰組』。まさにいまこそ維新の時代なのだと、宣伝文句だけは響き良く知っていた。

 しかしこの情報化社会、むやみにリアで面識を作るのは危険だ。故に、個々の隊員はほぼ単独行をしている。誰にも属せず、報酬も受けない孤高の志士。

 そんな私たち、雷帝の使う情報端末AT、アドバンスド・ターミナルには点字リーダーにライター、モールス信号音声活字変換入出力機器標準装備されている。

 その程度俺にだって作れるぜ、と軽薄にほざいていたヤツがいたが。どうせ既存のソフトを『使う』ことを『作る』と吹いているか、メーカーツールのテンプレートを使ってだろ。

 私たちはそのツールのひな型を、一から言語だけで組みあげたのだ。なんといってもATはハンドメイドの特注品、他のPCハード・OS媒体にソフトと互換性が少ないのだから。

 数学的才能は遺伝しないとの学説もある。どうせ耳目を引きたいだけの、確率統計論を曲解してのとんでも統計結果だろうが。人間の素養を遺伝で決められてはハタ迷惑だ。

 そんな私たちの次の開発目標は、『OGI』……オンリー・グラフィカル・インターフェースだった。アプリ制作にプログラム言語を介せず、すべてアイコンのチップで組む。これのひな型を作り、世界に流せば……後は勝手にエンドユーザーが天文学的に拡張してくれる。

 ……眼前に解けない難問の英数字の数列だけが流れていく……なんだ、夢か。私はプログラムソースだけの夢を見ることがよくある。疲れているときは、起きていても目を閉じるとこの数式が浮かぶ。どうしても到達したい、けれど私の知性では不可能な理想の領域。

 土曜の休日。ベッドでリアルに目を覚ますと、早や八時だった。寝坊だな。昨夜ネットしすぎた。まだ朝食を取る気はしない。寝ころんだままATを起動させる。情報閲覧……

 驚くべきトピックが少しだけ扱われていた。

 ……「刺客か?『人刈り(ひとかり)ガキ』乱舞!」……私たち雷帝三人組が狙っていた件の臓器移植享受者の一人某老政治家が、謎の刺客に襲われ転倒し腰部その他強い打撲で入院……所持金数十万円奪われる! カード類は手付かずだが、立派な強盗だな。

 これではその悪徳政治家、移植手術受ける体力が持たないかもしれない。

 慌てて情報網にリンクする。焔が出た。

「ああ、暦。俺も見たよ。そいつは人刈り幻覚斎(げんかくさい)の名で呼ばれているとさ。過去同様の手口で倒された悪党は多い。まだ小さな子供らしいけれど」

「検索したわ。勝海舟すら恐れた維新時代伝説の人斬り、河上彦斎の現代版ね。人殺しこそしないらしいけれど……恐ろしい少年だわ」

 河上彦斎の検索結果は凄まじいものだった。小柄で温和なのに少し野心家の噂を聞けば即日斬り、人を殺した翌日にはけろりとした顔ですましている。誰だって茄子や胡瓜をもぎ切って漬けるのに、なんで人を斬るのを咎めるのかと吹いている。サイコパスか?

 あまりの仕事の正確さに、確実に暗殺した相手は佐久間象山一人しか判明していないが、その流派とする低い体勢からの逆袈裟居合の手口で殺された人は下手をすると三ケタに手が届く。攘夷論を曲げなかったのも、外国に出た方が斬れるからか? と邪推してしまう。おまけに彼が前世紀末人気アニメのモデルというのがまた……

 私は戦慄しているというのに、焔は吹いた。

「対する俺と暦は二人で策士伊東甲子太郎かな? 『燃えよ剣』は少し読んだよ。幻覚斎とはまさに漢だな。戦うべき敵を探し、戦い、勝利し……そこに生きる意味を求める」

「なに納得しているのよ、要するに手っ取り早くいじめられる弱いものを見つけたいだけでしょう?! これだから男のガキは!」

「いや、どうも人刈りとやらは小柄過ぎるらしいな……防犯カメラ情報で、信じられない画像が流れていた。身長140cmもないのでは? よほどの小柄なのか。まさかの小学生説、女性説も流布されている」

「そうなんだ。でも、味方にできればきっと心強い……」

 ここで、焔がはっと報告した。ATに強制割り込みが入る。海神のATからだ。データはテキストとアラームしか出ないが……

 海神が倒された? 動かず、心肺は機能しているものの打撲を負い、意識失っているのが警告される。背後からの奇襲、これはもしや、手口からして人刈り幻覚斎……