私たち三人はこの『事件』を前に、どう対抗しようか決めかねていた。
海神は意見した。
「政府相手とは、敵に回すには強大過ぎる。僕らに破れないフィルター、いまは黙視しよう」
焔は恐ろしい目付きで海神を睨んだ。
だが海神は説得した。
「史実の新撰組は京の巡回時では一人では戦わないのが常だった。常に敵より大勢で圧倒する。そして狭い路地裏で巡回するには、いつ横合いから斬られるかもしれない先頭を『死番』として任せていた。焔、きみは死番でも戦い抜くのだな」
焔は返事をしなかった。海神は続けた。
「だが戦術の基本は、戦力を集中して敵より多い数で各個撃破するが、古典孫子の兵法から伝わる常識だ。かつ新撰組隊士は、皮肉にもその後のヨーロッパでの戦闘機戦のセオリー、ランチェスター戦略のこれを知っている。決戦以外は必ず敵より決定的大勢でのみ戦った」
焔は吐き捨てた。
「それはランチェスター戦略、強者の理論だろ。大勢で弱いもの一人をいじめれば、反撃も受けずに倒せる理屈、は、悪辣な」
「焔……」
「俺はそんな卑劣な手は取らない。弱者の理論を貫く。対等の一対一なら敵より弱くても、自分と同じだけのダメージを与えられる」朗々と断言した焔だった。「俺は負けるとしても誇り高くありたい……」
だが海神は鋭く言う。
「戦力の逐次投入は愚策だ。互角なら勇戦あるのみ、もまた原則だが。勝つためには最低でも敵に五倍する戦力で攻め、一気にもみつぶす。これが現実の戦争だ……戦争に武士道倫理のロマンチシズムなど、幾億円、幾兆ジュールの熱量の損失だ」
焔は堂々と言い切った。
「死を恐れてはいない」
「退路は確保するものだ。勝ち目のない戦いには加わるな、これが大前提だ。中世の戦国時代でも『逃げ逃げの家康、天下取る』ってね。それでいて家康は合戦回数最高の武将だった。そもそも武士道なんて、戦国終った平和な江戸時代の習わしだ。戦うに当たり、自分一人死ぬのはいいさ。仲間を巻き込むな」
「ああ、そのつもりだ」
二人の話が飛躍しかかっているので、私は止めに割り込んだ。
「つまり歴史で体裁よく美化されたってわけね。戦争はどこでもいつでも仁義なき戦いか。本題に戻るわよ。検索してみたら……以下を見て」
アドバンスド・ターミナルのモノクルに、テキストを表示させた。
……意外と知られていないが、ロボットは1920年に作家チャペックが創作した。最初に『ロボット』という造語を作り、ロボットとして誕生したのは、機械式ではなく人造人間としての血肉ある存在だった。外見も知性も人間並み、ただし感情はない。感情を寄与したために、反乱を起こし人類を滅ぼした。
むしろ、二十世紀半ばの工業機械式ロボットの方が、当時は斬新だったのだ。だから親の世代の世紀末の『エヴァ』は決して斬新とはいえない。温故知新だ。その点、中身は機械にしても柔軟性のある『ドラえもん』は画期的といえる。だから漫画の先駆者手塚治虫先生にしても、オマージュとして『鉄腕アトム』を作り、ロボット人権運動をした。
『アンドロイドは電機羊の夢を見るか?』の映画版『ブレードランナー』や、『ニューロマンサー』が原作の『マトリックス』もまた、オマージュ作品なのだ。『宇宙の戦士』をモデルにした日本ロボットアニメの金字塔『ガンダム』も。
原型は二世代三世代以上の過去も前例がある。それどころか、過去の巨匠作品を見る限り前世紀半ばまでには、人類の未来史といえる世界観はすべて描きつくされていると言える。いまのあらゆるメディア文化は時代に合わせただけの、焼き直しの焼き直しだ。……
……一通り、検索を終えた三人だった。私は警句を語った。
「だけど、決して歴史は繰り返さないわ。世界の歴史学者がこぞって自分の論説を都合よく脚色して勝手に繰り返すだけよ」
「そうだね」海神はふっと息をした。「この魔の計画を阻止する……たとえ体制に逆らってでも。それでこそ憂国の志士さ」
軽く焔は嘲った。
「俺の好きなSF小説で、いちばんの悪役はチキンホークの愛国者だったな。同じく好きなファンタジー小説でいちばん好いキャラは自称悪の大魔術師だ」
ここで破顔一笑、焔と海神は右腕をがっしりタッグした。