学ラン姿のそいつは一人で私に近寄り、陽気に語りかけてきた。

「暦ちゃん過激だね、相変わらず。水鉄砲の季節には、いま寒いよ。大人気ないな」

 クスクスと笑う親友だった。四月一日生まれな私より一週間遅い八日生まれ。痩せて私と並ぶ背丈の小柄な少年。名を武藤焔(むとう ほむら)幼馴染なのだがこいつ、背が伸びないな……顔立ちはまるで典型的な美少女だが。髪を伸ばせば完全に女の子だ。

 小学校へ上る際こいつと学年が違ったことは、四月馬鹿の嘘かと幼かった私には忘れられない大きな衝撃だった。愚図でどんくさい私をかばって、いつも悪ガキ連中を追い払ってくれた勇敢な親友だから。負けても傷だらけになってもくじけない仏生会生まれの彼。

 そんな焔はスプリンターだ。五十メートル走の短距離に限り、県内最高記録を出している。スタミナは無く、長距離走となるとビリなのだが。一部の女子生徒からは非常に人気が有り、モテる生徒なのが、私にはコンプレックスだ。

 私はアドバンスド・ターミナルを外して鞄にしまうや、つい突っぱねるように話す。

「戦うべき邪悪は、世にいくらでもいる、それは解っているわよ」

「そうさ。些細な個人の私怨で力を行使すべきではない」

 先輩の様に忠告する焔。

 だが、私はそんなことは気に掛けていなかった。馬鹿は片端から潰す! その力を手に入れたのだから。こんな非力な自分に価値を見いだせなかった、卑小な私が。

 つい突き離すように言う。

「ラブレターをまた貰ったらしいわね、それも超美人で知られる先輩から。焔くん、美系で文武両道だし」

「俺はランナーにはなれないよ……体格が出来上がる高校ともなれば、軽量選手には無理だ。大人の短距離走は重くても体格のいい瞬発力ある選手の独壇場だ」

「では学業専門に打ち込むの?」

「いや、高校入ったらボクシングも始めようと思っている。フライ級で戦えるかな」

「ボクシング? 焔くんが……」

「そんなに意外かな? 俺腕立て伏せ百回は軽いよ」

 私が心配したのは、この親友の格闘技での危険ではない。ボクシングは重量制限厳しく、食事が節制されるらしいから成長するのに不安だったからだ。

 私のコンプレックスを掻き立てるのは、この焔の数学の才能もあった。私なんかより、格段にできるのだ。それも暗算ですらすらと。あだ名を『走る電卓』。

 しかも彼は、電卓やPCに頼らない。彼の家庭が貧しく、PCどころかスマホを買ってネットを扱えない環境なのが、私としては実にもったいない。

 そう、彼は幼稚園にも通えなかったのだ。だから幼児時代の公園で、誰も友達が知らない不思議な子供だった。痩せこけていながら、私を守る騎士だった。

 いまだに百均で買ったそろばんを愛用している厨坊なんて彼くらいでは? それすらあまり必要としない計算力……傍からみると魔物みたいだ。もっとも高等数学となると、主に論理演算を行う専門分野以外はまるで解けないのが才能偏るこの麒麟児だった。

 そんな私たちは、秘密のソフトを開発していた。ひとつは『ストーカーパッチ』。

 彼と私が設計したそれは……GPSナビにリンクして個人の通信データ情報をスキャンできるのだ。表示に各種交通機関を利用しての、最適追尾経路演算付きのシロモノだ。

 ものを知らないヤツは「PCなんて誰だって使えるだろ」「使えないやつは年寄りかよほどの田舎者だ」、と軽くほざくが。

 『使う』のなら当たり前だ、『作る』事は、別物だしはるかに困難なのだ。文房具を使う人と、文房具を作る人はまるで同列に語れないのといっしょだ。

 私はこれを武器に戦う。

 アドバンスド・ターミナルを起動させ、『獲物』を物色する。情報端末を持つものの個人情報は軒並み、私には筒抜けだ。誰からなにがどこへ電波塔電波に活字データ音声データとして流れていくか、この装備越しなら抽象データ表現で掴むように見え聴こえる。

 もちろん同時にスキャンソフト(こればかりは既存のものを借用)の働きで、『言葉狩り』を行っている。危ない単語だけ絞り、それがリアルにヤバいものだけ拾い上げる。

 作為的な犯罪など軽く見当が付く。中高生売買春などは、個人の責任なのだから無視する。許せないのは弱者を食い物にする凶悪犯。……新規アドレスの空メールが連なって発信しているのが怪しい。調べる。次いで飛んできたのは……

 間違い無くフィッシングメール振り込め詐欺……犯罪者のアドレスは掴んだ。これだな。被害が出る前に潰しに行く! PCに侵入し、過去の犯罪記録を確認すると、それはそっくり保存したままIO機能を一撃クラック! システムはダウンした。状況・物的証拠を双方丁寧にそろえたところで警察に、事件を『東京新撰組』の匿名でタレ込む。

 ……翌朝のネット検索絞ると、あるトピック記事には「謎のハッカー『雷帝』現る!」と小さくあった。そう、いまの私たちはこの東京都心で、『雷帝』と呼ばれていた。もっともこの広大な世界において、ほんの片隅で誠の……それとも偽りの義を貫く志士だが。