味方はここには誰もいなかった。しかし、タンは怯まなかった。

 小鬼のタンは粗末な麻の服だけの身軽な装備で、小振りで短い手斧を右手に構えると、信じられない瞬発跳躍力で深く飛び込んだ。

 敵……長剣を構えた強大な人間の戦士の懐に見事に潜り込み、その左肩を鋼鉄の肩当てごと手斧の刃で裂き砕いていた。

 この『卑小なチビ』の意外な攻勢に、他の十名はいる人間どもは驚愕の声を上げていた。次いで怒りにまかせ、松明片手に殺到してくる。タンは素早く疾走して退いた……自分の居住する真っ暗やみの洞窟の中を。

 彼、タンは小悪鬼とされる有角牙の一族でも、特に小柄だった。力も無く、知恵も回らず……しかし唯一つ、闘志だけは在った。

 勝算はあるのだ……タンが選んだ狭い坑道区画なら人間は剣など振るえないし、簡単に追っても来られない。

 しかし、タンは逃げる気もなかったのだ! 情報を持ち帰られる危険があるので仲間のいる居住区に引き込むことはできないが、タンは一人でも悠々勝算はあった。

 さっそくその狭い坑道に入る。人間どもは迂闊にも全員で追って来る……しめた! と喜ぶタンだった。

 荒縄を引っ張りさっと『罠』を稼働させる。落し格子……坑道の入り口と、タンがいる逆方向をこれで封じた。

 人間どもはあわてて格子を破ろうとしているが、鋼鉄の作りに、重い岩で押さえられたそれは、もはや開かない。

 これをこさえた鬼は、さぞかし頭が良いのだろうな、と思うタンだった。通称『鬼たちの小覇王』リティンの仕事か……作るのと使うのとでは、訳が違うからな。

 とにかく武勲である。人間の生きた捕虜ができた。いまの鬼族には人間の死肉を食べる習慣は無いが、人間の王国とやらとの大きな取引材料にはなるだろう。

 そんなタンは八歳だった。寿命が短く発育の早い鬼としても、まだ少年期である。伝説の覇王初代ラックホーンのことなど、ろくに知らなかった。

 限られた命で、タンが学ぶべきことは単に生き延びることだけだ。鬼として生きる上の『掟』はその一つだけ。