アマチュア物書きとしてつくづく感じるのだが。活字小説媒体には限界があるだろうか。イラストや漫画描ける方がうらやましい。
活字離れが問題にもされない昨今、かつてエッセイにもしたが。同じ本媒体としては明らかに、漫画媒体の方が読みやすく、理解しやすく、憶えやすいのだ。たいていは漫画の方が面白いのが多いし。キャラや世界への感情移入もしやすい。利点ばかりだ。ましてやアニメときたら……
いまはともかくゆとり世代の子供は漫画すら、活字があるから読まない、なんてされたという。で、中二病アニメに浸るという筋書きだ。ゲームをプレイする必要があるから、仕方なく漢字を覚える、なんて光景当たり前にあったらしい。
私は過去理系なのに、学校の理数知識はすっかり抜け落ちた無能だが。
高校の友人は、図書館にある漫画の歴史物すべて愛読し、歴史だけなら校内トップ、偏差値80くらい取っていた。常に歴史だけ校内偏差値99.9のダントツ学年一位をキープ。難関私大に進んだ。これを思えば漫画も馬鹿にできない。
それにラノベもなめたものではない。別の進学校の生徒はハードな小説よりも、主にラノベ(当時はスレイヤーズとか、無責任艦長タイラーとかだ)を愛読し、国語偏差値70をマークしていたという。かれは国立大へ進んだ。
むしろ、電子技術の進歩で生まれた小型ゲーム端末の学習ソフトの効率性は、とても素晴らしいと言う。こうなると、媒体は次世代へ移り変わる。紙媒体はデジタル媒体に比べ高価なプレミアアイテムとなる可能性が。
辞書で引いて調べるより、ネットで調べた方が早く、詳しい多面的な情報を仕入れられる現代だ。自分のPCがネット環境になってつくづく良かった。電子辞書も性能が上がったし。
環境が整えば、無理に金掛けて本を買う必要はあまりないのだ。できる教師は「辞書とは引くものではない、読むものだ」と教えるが。各種の辞書をすべて読みでもしたら、人生が十倍あって、しかもずっと暇でも足らないのは単純計算で明らか。
かくいう私は決定的に活字小説派なのだが。部屋にある本は8割方活字本だ。それでいて劣等生なのだから、漫画読むと成績が下がるなんて迷信が通っていたのは、昔だけだろうか。
過去にもブログにしたが、私が子供のころ漫画を読むのを嫌い(というより娯楽ものならなんでも、アニメゲームは無論のことドラマ映画小説すら否定していた)、学校の勉強だけ押し付けていた父(国立大出の堅物)は、なにを考えているのか中古の昔すぎる漫画大量に買い込んでいる。家に千冊はあるな……
話を戻すが、漫画なら漫画家が一から作れるかも知れないが、ネームとやらは活字で記さなければならないだろうし、ましてやアニメや映画、ゲームなら莫大な量のシナリオや資料となる活字が必要になるはずだ。もちろん、活字媒体が無くなるなんてそうそう考えられない。
これに関しては思い切った革新技術メディア文化がやってくるかもしれない。とにかく、ブログ創作活動になにか新たな試みができないかと感じる。