アヴィは悠々と南国の海を泳ぐモビルスーツのかりそめの安逸の中で、久しぶりの解放感に包まれていた。地上の重力に縛られていてもそんな気持ちに陥れるとは、思ってもみなかった。なぜなら軍を抜けたから。
ジオン軍地球降下モビルスーツ部隊、水陸両用機ズゴックのハルピュイア隊は、いまや事実上軍隊からは足を洗っていた。
潜水母艦を連邦軍の決定的大多数の水雷戦隊に沈められ、それが避けられないことを知っていたので、母艦のクルー総出で脱出したのだ。
だからこの時、事実上女準士官だったアヴィは、『無職』にあったといえる。上官レンチェルノ隊長もアロンソ副長も。
極東の島国の南部というオデッサ・ジャブロー双方決戦戦域から決定的に遠い海域、上層部から切り捨てられたとみなして自然だ。
そう、見捨てられたのだ! この二ヶ月にわたり連邦船を多々拿捕し、鹵獲物資をさんざん後送し、多大な戦果を上げたハルピュイアが。後送できる航路が途絶えたら、とたんに孤立だ。
ハルピュイアのズゴック以外は、避難ボートに乗っての脱出である。しかし連邦兵のなんと非情なこと! 戦闘用でないボートに爆雷に銃撃を仕掛け、次々沈めていた。千名近くの母艦クルーの内、生き残りは半数程度か。
とにかくこの混乱下、連邦水雷艦隊の攻撃から逃れ、孤島に拠点を設けて態勢を整えていた。脱出した兵士だって食っていかなければならない。
それには団結だ。このイレギュラーなドロップアウト組の実質上の最高責任者に、レンチェルノが推されていた。母艦の元佐官連中を五人は飛び越しての人事である。権威とは、実力あってのものか。それを補佐するアロンソ。
軍の組織枠から外れたとはいえ、生きるためには体制を維持する必要がある。アヴィもまた、もはや熟練パイロットとして、『前線』を任された……食料調達を。ズゴックに適した海の獲物とは?
アヴィはとんだ現実に戸惑っていた。まさかモビルスーツでクジラ漁とは。しかし、ズゴックの遊泳性能と、クローアームの性能をもってすれば能率的な漁となる。クジラの超音波による会話、エコーロケーションが受動探知でき、座標が解る。それをまさに感知した。指向性通信で、連絡する。
「マッコウクジラ、至近は成獣オスがいます。全長17mほどです。体重は50t前後と推定」
レンチェルノから通信が入る。
「歯鯨の中で最強種ですね。一人でいけますか、アヴィさん? アロンソさんたちの到着を待ちます?」
「それでは逃げられてしまいます、私でなんとか仕留めます!」
マッコウクジラはズゴックの全長並みに大きい。これと格闘戦だなどと、モビルスーツの無かったほんの五年前には誰が予測しただろうか? 泳ぎ接近し、クローアームを伸ばし……
ズ……ズズン! 尾ヒレに弾かれ、私のズゴックは跳ね飛ばされた。衝撃でコクピットが潰れるかと恐怖に駆られた。
しかし肉薄の刹那、私は腕部ビーム砲をクジラの胴体に撃ち込んでいた。腹から激しく出血しながら、獲物は逃げていく。弱ったところをクローで抑え込めば終わりだ。追跡する。
……かくして獲物は取れた。一尾仕留めるだけで、中隊のパイロットだけでなく、母艦の脱出組計五百名の糧としても多すぎる始末だ。
一人一日1kg食べるとしてみんなで500kg、これはクジラ一尾50tの100分の1だ。
乱獲はいけない。分け与えれば満ちるものだ。余った肉にモツや鯨油、皮革や骨は、現地の民間人に無償提供しようと、レンチェルノは提案していた。アヴィは良識ある隊長に仲間に、心から感謝していた。
後書き 息抜きのシーンを入れ、クジラ肉を愉しむ……ぼくが小学生のころには学校給食の定番メニューだったのに。いちばん安い肉だった。堅くて歯ごたえがある。筋を咬み切るのが食感好い。懐かしい。