それは敵、ジオン公国軍がモビルスーツ、ザクによる地球降下作戦を開始し、地上の拠点の多くを制圧していた戦禍の暴風雨のまっただ中だった。


 私、連邦技官エリック特務准尉は、生物兵器『河馬鳥』を実戦投入した。胸が悪くなる思いだった。人間の手によって作り出され、人間のエゴのために戦い、知性はあるのに意思は無視され、ただ死ぬことを強いられた存在。


 四十機もの宇宙空間戦闘機セイバーフィッシュに、『河馬鳥』を搭乗させジオン艦に向かわせたのだ。しかも、上官命令ではなんと中立信号を発振して。とんだ詐欺だ。卑劣な騙し打ちだ。


 敵指揮官の腕は見事なものだった。大気圏突入の危険な体制から軌道を立て直し、先手を打ってモビルスーツ隊を迎撃に展開させたのだ。物理学、数学、機関工学、なにより気質そのものの度量なくしてできる指揮ではない。


 こう守りを固められてしまっては、被害が甚大になる前に、撤退を指令して良い場面だろう。人間の兵士が乗っているならば、の話か。


 それを上官は愚かにも、惨敗するのが目に見えているのに、攻撃に固執した。十二機ものザクを相手に、人工知能の寄せ集めが戦い抜けるものか。


 セイバーフィッシュは壊滅したというのに、ザクは一機も撃墜できなかった。良くて中破止まり。戦果は無いと言っていい。敵母艦の地球へのいまの侵入は防げたが、また試みられたらそこまでだ。味方の別部隊に任せるしかない。


 欺瞞といわれても自己満足に浸りたいだけの偽善者といわれても構わない。『河馬鳥』の犠牲の前に、私は一人、厳粛な想いで花を手向けた。


 果てしない虚無の中ささやく。


(……お休み、私の子供たち……)


 ここで激情に駆られ、肩の階級章と胸の連邦章をはぎ取って捨てた。それを白衣で隠し、何食わぬ顔で実験室のすべての河馬鳥をひそかに薬殺安楽死させるよう仕組んだ。


 それから手持ちの現金だけで帰路直ちに宙港へ向かい、連邦軍を、地球を脱出すべくサイド6への航路へ就いた。


 鬱々と激情込み上げる。私の仕事は虐殺だった。そうなのだよな、たとえ生物兵器でなくとも、モビルスーツ開発は殺しの道具の設計……前線へ出なくても、戦争とはいのちを弄ぶ行為なのだ!


 サイド6は中立と聴くが。無事に私なんかを受け入れてくれるだろうか。死の技官だった私を……軍ではなく単に民間のメカニッククルーであれば、どれだけ救われることか。自分も……世の中も。


 人間の世界はまさに壊れかかっている。ふと、義務を思い至った。自嘲する。


 中世作家ラブレーの記した『パンタグリュエル』ならぬ『河馬鳥』の盗作版、『パンダオバケ』は、ジオンで開発されているらしい。これは……私の手で処分する必要があるな。『ガルガンチュア』が貪欲だった裏返し、飛んだ『カリカチュア』だ。


「軽く万人分の花束を買わなければ……贖罪にはいくら必要かな?」


 ふと、つぶやいてみた。数十億の屍の前に、個人の財産では清算しきれない罪だ。この十字架を背に。


「私は技師エリック。それ以上でもそれ以下でもない……」


 こころがからっぽになってしまったかのようだ。涙すら出なかった。ひたすら加速を続けるシャトルの中、私は神ではなく悪魔でもなく、ただ自分一人に暗い約束を誓っていた。


 


 


後書き ゆきえもんさま、カバパンダさま、参加ありがとうございました。制作快調。この乗りの勢いなら、すまいるまいるさんの万能ハム☆、登場させてもおかしくないですね。



ゆきえもんさま


カバパンダさま