まだティーンの娘な私の名はロウ。母国語では『狼』、つまり凶暴なウルフだ。もっとも私は一匹狼ではない。連れがいる、有能な青年執事のヨウ、『羊』が。羊の執事とは活字にするとくだらないが、それは置いて。


 私は屋敷を勘当同然に出た。追い出されたのではない、自分から立ち去ったのだ。こんな非常時下というのに緊張感なく安穏と暮らしている、地上の裕福で怠惰で傲慢な資産家である親に家庭に嫌気が差して。


 並みの民間人労働者の生涯給与より、軽く千倍は握っての贅沢な家出だった。もの好きにも、ヨウは付いてきてくれた。


 私は中立のコロニーサイド6へ向かうや、宇宙・空中両用長距離戦闘艇を私財で買った。これに、所持金の三分の二は消えたが満足だった。


 モビルスーツより決定的に速度と機動性で勝る美しい戦闘艇。名を『青龍刀』。複座で、操縦を私が、電子管制と火器管制を後方座席のヨウが行う。


 武装は分速2000発の40ミリバルカン一門、装弾数600発に、短距離ヒートシーカーミサイルが十二発装備。薄い装甲に問題があるが、存分に戦いのけられるはずだ。


 戦闘艇シミュレーターなら、嗜みとして二百時間は訓練していた。しかし実際はシミュレーターと違いGが掛かるから、筋書き通りこいつが飛んでくれる保証は無い。


 無敵の兵器だ、とはしゃぐ私はぬかよろこびに終わった。戦闘艇とは、いくら長距離航続とはいえ、補給拠点となるコロニーか母艦が無ければ到底運用不能なのだ! こんな当たり前の事実を見逃していたなんて……


「ロウお嬢様」ヨウは優しく提案する。「サイド6の民間船の警護任務に就きましょう。それなら意義ある任務です」


「わたくしが先陣を切って戦争に行って武勲を上げて英雄になる夢は……」


「武勲って、誰と戦う御つもりだったのです? ジオン軍相手に戦うのは連邦軍ですが、お嬢様は連邦の人間であれ、連邦の軍人ではありません」


「そう……警護任務か」私はやむなくヨウの差し出した資料に目を通した。驚く。「安い! なにこんな手当て。ケタが二つ間違っていない?」


「妥当な金額ですよ。私の年収よりもはるかに高い。民間人の生活水準なんて、こんなものなのです」


「燃料費に弾薬費の方がかさみそうな給与じゃない。これでは戦えないわ」


「わがままは止してください、食費に宿泊費は賄えますから」


「どこがわがままなのよ! 命張って戦うのに釣り合わないわ」


「ロウお嬢様」ヨウは珍しく厳しい目で進言した。「それが戦争なのですよ。嫌なのなら、お屋敷へ帰りましょう。それだけです」


「わかったわよ。金にならなくても、名誉に生きるのが志士と聴くものね」


 そうして、民間旅客船に曳航される形で、サイド6から出港し、月面基地への航路へ赴いた。


 途上二日半進んだ行程で、連邦巡航艦と鉢合わせ、旅客船は誰何された。


 なぜかヨウは慌てて、急いで青龍刀機へ搭乗してください、と申し出てきた。


「臨戦態勢? なぜなの、ヨウ」


「連邦艦なら、こんな宙域で民間船を足止めしわざわざ誰何はしません。おそらく戦乱に乗じた偽の船……いわば、海賊かと思われます」


 この発言は正しかった! 連邦艦は、火器管制装置を作動させたのだ。パッシブレーダーにそれは映し出される。攻撃の意図がないのなら、在り得ない。


 ここで戦闘艇『青龍刀』は瞬発に飛び出し、たちまちのうちに海賊船に肉薄し機関部に三秒照射! 撃沈することなく、航行不能にしてやった。バルカンほんの九十数発撃っただけだ。これなら弾薬費を考えても黒字になる。ミサイルを使わなかったことにほっとしていた。


 やがて本物の連邦艦が招かれ、海賊船の拿捕作業を行うと通信があった。たいへんな戦果なのだが、報酬はもらわない。冠するのは名誉なのだ。


 


 


後書き にゃんたれママさま、参加ありがとうございます。みなさまのお力で回転しています。


 




にゃんたれママさま