それは宇宙世紀00790111……地球連邦とジオン公国の戦争が始まって間もなく。日和見にも都合よくコロニー群サイド6は、中立を宣言した。


 戦争に巻き込まれないで済む、とほっとしたオレは地球の衛星軌道の虚空に浮かぶサイド6に住む、一介の民間人だ。


 オレは名をユウキ、母国語だと『優輝』。これでも妻帯者なのだが、オレは童顔らしく他人からはかなり若いように見られている。


 ハイスクール生徒と間違えられるくらいだから、作家が正業のまるで生活不適応者のアイコ、愛するオレの妻の面倒をオレが見ているとなど、誰も信じないだろう。


 妻は本業となると天才的なのだが、私生活の暮らしぶりときたら、まったく無能なのだ。だから主夫として家事全般をオレが一手に引き受けているのだ。


 しかし、とんだ危機が見舞った。経済難だ。戦争による物価の高騰と税金の引き上げ、それにアイコの収入源だった印税が、本が売りさばける市場を失い、かつ情報統制、文筆検閲されたことでまるで儲からなくなったのだ。


 愛と平和を謳う著作が認められない時代、これが戦争か……。オレは家庭を守るため、外に職場を求めた。アイコは大作家で、財産はかなりあったのだがインフレが起こっているし、そもそも戦争の成り行きではお金なんて紙くずになりかねない。


 そんなオレが興味惹かれ入隊したのは、義勇軍、人命救助艦隊『黒色拍車』だった。徴兵された連邦・ジオン両軍兵士を、戦争の殺し合いの欺瞞から救うが大義の、『自由騎士』。


 しかしそれが飼われた家畜であることが判明するには、そう時間を要さなかった。サイド6は建前上慈善を謳っているだけだ。危険な前線へ赴く黒色拍車艦隊を捨扶持で賄って。


 ここで『事実』を知らされた。ジオンの核攻撃とコロニーの地球落としにより、この一カ月ばかりの戦争で人類の人口はなんと半減したのだと!


 どんなに強くたって、核兵器には立ち向かいようが無い。ちっぽけなコロニーや民間の都市は無力だ。対して、地下の基地ならどれだけの爆撃を浴びようとびくともしない。連邦の本拠地ジャブロー……お偉方は両軍双方安穏と生き延びている理屈だな。


 空虚な果てしない失意の中、オレは病院船のクルーに配属された。雑用係だ。掃除、洗濯、調理とかをメインになんでも任される。病院船の実質上のトップは船長ではなく、ウィッズという長身でほっそりした若い女外科医だった。この船には役職からか、女性が多い。


 オレの直属の上司に着任のあいさつを済ませる。ペップというぽっちゃりした笑顔温和な老看護婦長だった。彼女は優しく語った。


「借りてきた猫みたいね、そんなに緊張しないで。ときには通信士や整備士、それに看護師の手伝いを任せることもあるから心してね、ユーキくん」


 とだけ、軽く注意しただけで、簡単に就任を認めてくれた。オレは恐縮して、深々とお辞儀した。そして病院船『平和の家』号を含む、黒色拍車艦隊は出港した。戦場へ向けて……


 目的宙域へ着いたら、戦闘は終わっていた。黒色拍車艦隊は、連邦・ジオン問わず生存者を捜す任務に掛かった。しかし、どれだけ広く、どれだけ時間をかけても生命反応は0だった。悲痛にからっぽの病室を見詰める。


 今年は妻にチョコレートをあげられない、それだけが心残りだった。だが他の多くにくらべたら、オレははるかに幸せものだろう。


 


 


後書き 初孤羅さま参加ありがとうございます。他の会員さまのキャラも絡めてストーリーは続きます。主人公はあえて決めませんね。いろんなキャラの視点から描きます。


 
初孤羅さま