僕グレイシャはティナに反論していた。「なにを言っている? 万民が誰しも不満を言わないような国こそ理想ではないか。不満があってどこが健全か。それに巨大な国家全体とちっぽけな一個人を同列に語るなど、言語道断。故国に身を捧ぐことは武人の本懐とするところだ」
「そう、個人ならともかく大勢が社会を築くのですから、軋轢や格差は自然に生じます。不満が出ないのはおかしい。それが無いとすれば不満の言論を統制した恐怖政治ですよ」
「軋轢に格差? それは個人のわがままと言わないか。そんなものいちいち取り上げて、国が成り立つか。正論だろう。なにか間違ったこと、言っているか?」
ティナはいつもらしくなく、声を張り上げていた。「これこそは人間各国万民一人一人の、正当な権利です! 古来強者は力を以て弱者の意志を聞き入れず、その権利を奪ってきた」
「そんなことはない、強者とは騎士のことであれば、弱者の権利を守るために戦うものだ」
「グレイシャさん、貴方のような実直な騎士は例外的と言って良いほどなのですよ」
シェイムが意見した。「そうです。隣接都市国家侵攻の際にどれだけの暴虐が行われたか」
ロッドも肯いた。「それに先立ち神官戦士隊は王都の路地裏で路上生活者に殺戮と凌辱の非道働きました。しかしこの事実は緘口令が出され隠蔽されてうやむやに消されました。これこそ恐怖政治では?」
僕は反論した。「あの隣接都市国家に王都の路地裏は治安が悪い上法の力も弱く、民衆の生活が脅かされていた。盗賊が横行しているのに警備兵は贈収賄当たり前だから、弱者の権利は踏み躙られるしかなかった。だから制圧して平和と士気、秩序を取り戻す必要があったと聞いた。議会に通ったのだ、異国の内政干渉を避けるより民を救えと」
「ですが結末は? ご存じのはず」ロッドはあくまで穏やかに問うていた。
僕は言い返せなかった。非武装の住民すら戦果として虐殺され、兵士はあらゆる暴虐を働き、ジャッジ指揮する君主国を招き寄せる遠因となった。
だが一般の兵士、下の者の葛藤もわかるのだ、最前線で命を張り合うのに給与は騎士の十分の一以下とか百分の一とかの水準、まっとうな務め仕事より薄給なほどだ。命を掛ける値段としては安すぎる。
これでは略奪の戦利品なしに戦えたものではない。過去には自ら浪暦を志願し、官位を捨て農奴をまとめ開拓作業に乗り出した有志の騎士兵士も多々あった。
ティナが断言した。「だからこそ戦争はいけない、そこに私たちの殺しをしないで戦い続ける意義があるのよ。今日ばかりは背いてとても多くを殺したけれど、亡きジャッジさんの遺志を継いで……」
僕は考え込んでいた。世界を一つの支配下に統一するとなると必ず戦争が起きる。戦争とは最低最悪の外交手段、最後の選択肢と戦略論では教わった。しかしそれ以上にしつけられたのは、騎士としての名誉。大軍を率いて強敵と戦うは騎士の本懐と習った。
だがティナは正しい。弱者でも堂々と自分の権利を主張できる社会こそ理想か。これは弱者を護る騎士の掟に依って立つところでもある。
僕は決断した。「解った。参謀ティナ、きみの意見が正しかろう。では君主国に倣い、この城塞都市レイバラを王錫騎士団長命令で独立させる。領主の出方によっては内紛だが。ディグニティのような自由自治権立憲君主国か……あるいは自由自治権立憲共和国に」
シェイムは進言した。「伝説の民主共和制を再現するというのですか。君主ならグレイシャさんが適任かと……というか目下その他に選択肢はないよう思われますが。共和国とは無学な俺にしても、早計に過ぎるかと」
「僕にまさか現在の太守の地位を奪って立てと? 倫理に反する! 簒奪は重罪だ」
ティナは持論を展開した。「まさにグレイシャを女君主に。民主共和制は、人間の文明が発展を極めようとする時にのみ現れる、異端の政治形態です。常に徒花、種実を残さず散るのが定め。一見最善のようでも内部から腐敗して自滅する。人間の社会は動物や虫けらと同様、絶対王政か無政府主義が本来の姿です」
あまりに意外な発言だった。民主政治こそ、伝説の光の文明の最大の遺産ではないか。それを公平にするために、先ほどまで全世界の統一としての政府を理想としていたのに。王国のような専制政治とは違う。専制君主は民衆から選ばれたのではない、生まれながらにして『高貴』な身分のものが為政者の座に就くが、民主政治は民衆から、それも同じ民衆の中から選ばれた為政者が政治の舵取りをする。僕にだってそのくらいは解る。
サーナママもロッドもシェイムも驚いている様子だ。ロッドは意見する。
「確かに衆愚政治とやらに陥り自ら破滅した国家は数多あったといいますが……あまりに極論過ぎないですか、お嬢さん。ディグニティの軍事力の威圧下とはいえ、あらゆる国が直ちに理想的な伝説の民主共和制を施政できる好機というのに、異端の徒花とは」
ティナは毅然と言う。「だからこそ、民主共和制ではなく立憲君主制を! 少しでも国の崩壊が遠くなります。民衆に主権があるし、後任は世襲でなくて構わない。あくまで民衆主権、君主が任期中に、退任辞任することもあり得る。グレイシャさん、どうか当面の騎士団と飛行隊をまとめる、君主の座を甘んじてください。名前だけですが。都市国家の実権はもちろん現太守にあるのですから」
僕がこの都市国家レイバラの君主に……こんなとき……カードさまがいてくれたら、どれほどの力となったか。先見の明に卓越した彼。いまの文明を復興どころか発展させようと夢を語り誓い合ったばかりなのに……しかし、王錫騎士団の見解も同様だ。
僕は断言した。「解りました。これは僕の義務なのですね。鎖の枷のように重い束縛ではあるけれど、それが都市や近隣のみんなの自由と権利に繋がるならお引き受け致します」
列席する同盟飛行隊一同の他招かれた高位の騎士……王錫騎士団副長クーリ、さらに生き残った剣騎士団参謀ラスカルたちから喜びと祝福の歓声に喝采が上がった。
老紳士のクーリは意見した。「問題は兵士たちが従ってくれるかですが、上出来です」
ティナは安堵の声だ。「良かった……この都市の君主としてはグレイシャ閣下で問題ないでしょう。伝承を無視するなら。言い伝えでは琥珀色の瞳をしているものがこの地を治める正当な王です。何故なら『琥珀』の文字を分解すると、王と虎と白。白虎の王。白虎は大陸の異国の四神、西方の守護神。この国は極東に位置しているのだから、守護神は西にあって自然。北に玄武、南に朱雀、東に青竜。竜が向かうべきは東の太洋。そうするとジャッジさんは琥珀色の目をしていた……フリントちゃんも、シャドーさんも」
はっとして僕は確認した。琥珀色の瞳、つまり虹彩はこの地土着の民族の特有のものだが。シェイムの目は黒いな、亡きカードさまも。ティナの目は明るく茶色過ぎる。僕、グレイシャは碧眼だし。サーナは翠、ロッドは灰色。 レインはまさに琥珀色! それも百獣の王、竜獅子乗りの撃墜王、彼女こそが導かれし運命の人か?
一同の目はレインに集まった。
「この俺が王位だなんて馬鹿げている。王族の醜悪さの腐臭は身体に染み付いて消えやしない」レインは軽く嘲った。「かつての戦役で撃墜王と呼ばれた青年は恋人にこう言ったそうだ。『この空を手に入れることなんて不可能だ。でも空はきみのそばにいるよ』と。は、気障なのか純真なのか。そしてその瞳は漆黒だったという。だいいち、琥珀色の目はこの島に大陸の民族普通ではないか! 青や緑の目のほうがはるかに珍しいんだ」
僕はここで提案した。「カードさまの残してくれた、最上の葡萄酒一瓶は、生き残りでもっとも戦果の大きい撃墜王に。撃墜数からいってロッドさんかな?」
ロッドは穏やかに答えた。「飛行隊のみんなで分けましょう。今夜に危険はない。何故かそう解るのです。ナイトメアさんも呼び降ろして……」
この夜は亡き戦士たちへの追悼に終わった。負けたにしても、決して無駄に死したのではない味方戦士たちと……そして困難な時代に道踏み外した敵たちへ向けて……
「そう、個人ならともかく大勢が社会を築くのですから、軋轢や格差は自然に生じます。不満が出ないのはおかしい。それが無いとすれば不満の言論を統制した恐怖政治ですよ」
「軋轢に格差? それは個人のわがままと言わないか。そんなものいちいち取り上げて、国が成り立つか。正論だろう。なにか間違ったこと、言っているか?」
ティナはいつもらしくなく、声を張り上げていた。「これこそは人間各国万民一人一人の、正当な権利です! 古来強者は力を以て弱者の意志を聞き入れず、その権利を奪ってきた」
「そんなことはない、強者とは騎士のことであれば、弱者の権利を守るために戦うものだ」
「グレイシャさん、貴方のような実直な騎士は例外的と言って良いほどなのですよ」
シェイムが意見した。「そうです。隣接都市国家侵攻の際にどれだけの暴虐が行われたか」
ロッドも肯いた。「それに先立ち神官戦士隊は王都の路地裏で路上生活者に殺戮と凌辱の非道働きました。しかしこの事実は緘口令が出され隠蔽されてうやむやに消されました。これこそ恐怖政治では?」
僕は反論した。「あの隣接都市国家に王都の路地裏は治安が悪い上法の力も弱く、民衆の生活が脅かされていた。盗賊が横行しているのに警備兵は贈収賄当たり前だから、弱者の権利は踏み躙られるしかなかった。だから制圧して平和と士気、秩序を取り戻す必要があったと聞いた。議会に通ったのだ、異国の内政干渉を避けるより民を救えと」
「ですが結末は? ご存じのはず」ロッドはあくまで穏やかに問うていた。
僕は言い返せなかった。非武装の住民すら戦果として虐殺され、兵士はあらゆる暴虐を働き、ジャッジ指揮する君主国を招き寄せる遠因となった。
だが一般の兵士、下の者の葛藤もわかるのだ、最前線で命を張り合うのに給与は騎士の十分の一以下とか百分の一とかの水準、まっとうな務め仕事より薄給なほどだ。命を掛ける値段としては安すぎる。
これでは略奪の戦利品なしに戦えたものではない。過去には自ら浪暦を志願し、官位を捨て農奴をまとめ開拓作業に乗り出した有志の騎士兵士も多々あった。
ティナが断言した。「だからこそ戦争はいけない、そこに私たちの殺しをしないで戦い続ける意義があるのよ。今日ばかりは背いてとても多くを殺したけれど、亡きジャッジさんの遺志を継いで……」
僕は考え込んでいた。世界を一つの支配下に統一するとなると必ず戦争が起きる。戦争とは最低最悪の外交手段、最後の選択肢と戦略論では教わった。しかしそれ以上にしつけられたのは、騎士としての名誉。大軍を率いて強敵と戦うは騎士の本懐と習った。
だがティナは正しい。弱者でも堂々と自分の権利を主張できる社会こそ理想か。これは弱者を護る騎士の掟に依って立つところでもある。
僕は決断した。「解った。参謀ティナ、きみの意見が正しかろう。では君主国に倣い、この城塞都市レイバラを王錫騎士団長命令で独立させる。領主の出方によっては内紛だが。ディグニティのような自由自治権立憲君主国か……あるいは自由自治権立憲共和国に」
シェイムは進言した。「伝説の民主共和制を再現するというのですか。君主ならグレイシャさんが適任かと……というか目下その他に選択肢はないよう思われますが。共和国とは無学な俺にしても、早計に過ぎるかと」
「僕にまさか現在の太守の地位を奪って立てと? 倫理に反する! 簒奪は重罪だ」
ティナは持論を展開した。「まさにグレイシャを女君主に。民主共和制は、人間の文明が発展を極めようとする時にのみ現れる、異端の政治形態です。常に徒花、種実を残さず散るのが定め。一見最善のようでも内部から腐敗して自滅する。人間の社会は動物や虫けらと同様、絶対王政か無政府主義が本来の姿です」
あまりに意外な発言だった。民主政治こそ、伝説の光の文明の最大の遺産ではないか。それを公平にするために、先ほどまで全世界の統一としての政府を理想としていたのに。王国のような専制政治とは違う。専制君主は民衆から選ばれたのではない、生まれながらにして『高貴』な身分のものが為政者の座に就くが、民主政治は民衆から、それも同じ民衆の中から選ばれた為政者が政治の舵取りをする。僕にだってそのくらいは解る。
サーナママもロッドもシェイムも驚いている様子だ。ロッドは意見する。
「確かに衆愚政治とやらに陥り自ら破滅した国家は数多あったといいますが……あまりに極論過ぎないですか、お嬢さん。ディグニティの軍事力の威圧下とはいえ、あらゆる国が直ちに理想的な伝説の民主共和制を施政できる好機というのに、異端の徒花とは」
ティナは毅然と言う。「だからこそ、民主共和制ではなく立憲君主制を! 少しでも国の崩壊が遠くなります。民衆に主権があるし、後任は世襲でなくて構わない。あくまで民衆主権、君主が任期中に、退任辞任することもあり得る。グレイシャさん、どうか当面の騎士団と飛行隊をまとめる、君主の座を甘んじてください。名前だけですが。都市国家の実権はもちろん現太守にあるのですから」
僕がこの都市国家レイバラの君主に……こんなとき……カードさまがいてくれたら、どれほどの力となったか。先見の明に卓越した彼。いまの文明を復興どころか発展させようと夢を語り誓い合ったばかりなのに……しかし、王錫騎士団の見解も同様だ。
僕は断言した。「解りました。これは僕の義務なのですね。鎖の枷のように重い束縛ではあるけれど、それが都市や近隣のみんなの自由と権利に繋がるならお引き受け致します」
列席する同盟飛行隊一同の他招かれた高位の騎士……王錫騎士団副長クーリ、さらに生き残った剣騎士団参謀ラスカルたちから喜びと祝福の歓声に喝采が上がった。
老紳士のクーリは意見した。「問題は兵士たちが従ってくれるかですが、上出来です」
ティナは安堵の声だ。「良かった……この都市の君主としてはグレイシャ閣下で問題ないでしょう。伝承を無視するなら。言い伝えでは琥珀色の瞳をしているものがこの地を治める正当な王です。何故なら『琥珀』の文字を分解すると、王と虎と白。白虎の王。白虎は大陸の異国の四神、西方の守護神。この国は極東に位置しているのだから、守護神は西にあって自然。北に玄武、南に朱雀、東に青竜。竜が向かうべきは東の太洋。そうするとジャッジさんは琥珀色の目をしていた……フリントちゃんも、シャドーさんも」
はっとして僕は確認した。琥珀色の瞳、つまり虹彩はこの地土着の民族の特有のものだが。シェイムの目は黒いな、亡きカードさまも。ティナの目は明るく茶色過ぎる。僕、グレイシャは碧眼だし。サーナは翠、ロッドは灰色。 レインはまさに琥珀色! それも百獣の王、竜獅子乗りの撃墜王、彼女こそが導かれし運命の人か?
一同の目はレインに集まった。
「この俺が王位だなんて馬鹿げている。王族の醜悪さの腐臭は身体に染み付いて消えやしない」レインは軽く嘲った。「かつての戦役で撃墜王と呼ばれた青年は恋人にこう言ったそうだ。『この空を手に入れることなんて不可能だ。でも空はきみのそばにいるよ』と。は、気障なのか純真なのか。そしてその瞳は漆黒だったという。だいいち、琥珀色の目はこの島に大陸の民族普通ではないか! 青や緑の目のほうがはるかに珍しいんだ」
僕はここで提案した。「カードさまの残してくれた、最上の葡萄酒一瓶は、生き残りでもっとも戦果の大きい撃墜王に。撃墜数からいってロッドさんかな?」
ロッドは穏やかに答えた。「飛行隊のみんなで分けましょう。今夜に危険はない。何故かそう解るのです。ナイトメアさんも呼び降ろして……」
この夜は亡き戦士たちへの追悼に終わった。負けたにしても、決して無駄に死したのではない味方戦士たちと……そして困難な時代に道踏み外した敵たちへ向けて……