運命の女神とやらが気紛れなのは誰しも感じていることだろう。運命にただ流されるか、抗うか……どの道避けられないとしても、真摯な人の意志で運命は変わる。
 
 晴天の日の下、全九騎の自警団、『飛行同盟』は出撃した。集めた情報によると四百騎を数える空賊『空界の主』は、陥落した都市に集結して駐在し、住民に対し暴虐の限りを尽くしていたがそれも飽き、次には総力を以て一躍レイバラを狙う構えだ。
 これを実行される前に奇襲の形で先手を打つ! 飛翔! 王錫騎士団出撃!
 ……カードの策の下配置につき……戦端は開かれた。
       ……
 神速の竜ニードルを駆るティナは先陣を切り、大胆に眼前を覆う空賊竜騎兵の大編隊に突っ込んだ。攻撃は命中したものの落とせなかった。しかし完全なる奇襲で、敵の隊伍を乱すのに成功した。
 この瞬間、二の矢三の矢として別方向からナイトメア、ロッド、そしてレインの竜騎兵が突入してきた。派手な炸裂音とともに、次々と敵竜は炎に包まれた。直ちに散開して離脱する面々。しかし。ティナは自分を追ってくる敵竜騎兵の群れに戦慄していた。自分たった一騎相手に五十騎はいる、多すぎる!
 逃げるだけならニードルなら容易だが、これを後詰めの味方は受け流せるのか!? そんなはずはない! ここは誤った方向へ誘導する。追い付かれない限界の『遅さ』で飛び、できるだけ分散させ消耗を図る算段だった。
       ……
 シェイムは騎竜ハーケン上から、空中で敵竜に肉薄しての白兵戦を挑んでいた。火炎封じられる至近距離でのことである。ただでさえ強力強靭なハーケンで、牙と鉤爪に加えシェイムの極めて鋭利な長い野太刀を使って。これならば、敵に包囲されてしまっても火炎を吐かれる心配はないから、次々と反撃で仕留められる。四騎撃墜!
 二十騎はいようかという敵竜騎兵相手に、シェイムは悪鬼のごとく戦った。生き残れる可能性など、考えてもいなかった。ただ、いまここで死んではいけないということだけだ……!? 焼けるような激痛が走った。右腕を爪で裂かれた。次いで背中! さして深い傷ではないが、動脈まで達し出血が止まらない。これでは野太刀が振るえない!
 シェイムはここで野太刀を捨てるべきであった。だが名工の逸品との思いが気を迷わせた。それに騎士は掟として、敵前で剣を捨てるのは許されないのだ! 続いての一撃が致命的だった。まさかハーケンがその首を喰い破られるとは! やむなく落下傘脱出をした。失血により、意識が薄らいでいくのを感じていた。野太刀だけはしっかりと握ったまま。
       ……
 ロッドは騎竜スパイクの高速・高火力を生かして、いつもの定石通り一撃離脱戦をしていた。動きの鈍そうな敵竜騎兵を付け狙い、一気に高空から突っ込んで火炎に包む。降下速度を急上昇で高さに変え逃れる、若輩の師、カードから教わった基本的な力学。十騎は落としたか……これは同盟仲間の中で最高の撃墜数だろう。
 内心祈る。神よ……私は背きました。ですが私は信仰を捨てません。ですから地獄に私の席が待っているとしてもかまいません。私は……愚かで無力で独善的排他的です。私は貴方には遠すぎる……
 この働きも、前方でフリントが大軍相手に足止めをしてくれているおかげだ。早く蹴散らして援護に向かわなくては……!? 眼前が茜色に弾けた。火炎弾! まさかこんな高空で直上の死角から奇襲を受けるとは……不覚! ロッドの竜スパイクは炎に包まれた。刺すような激しい火傷の苦痛の中、墜落して行くのを避けられなかった。
       ……
 フリントは下方で味方の騎士団騎士兵士たちが絶望的な退却戦を決行する中、地上を攻撃されないよう牽制でその上空に留まった。四十余りの敵竜騎兵の直中にあって、頑なに戦場を離れず固守し勇戦した。傍らで、一緒に戦っていたロッドの騎竜スパイクが墜ちるのを目撃してしまった。スパイクこそ重傷だが、ロッドは生きている可能性もある。ならば退くわけにはいかない! それにフリントは背中に特別な得物を負っていた……親方が絶対に持ち出してはならないと厳命していた、禁忌の武器。
 フリントは必死にフォースを駆り、数々の猛攻を防ぎ弾き飛ばした。フォースは防御には向く。攻撃面では一騎仕留めたのみだが。しかし包囲されてしまい、ついに敵竜の鉤爪は騎竜フォースの翼を荒々しく掴んだ。
 直ちにフォースは「落下傘で脱出してください!」と叫んだが、フリントは攻撃を命じ脱出しなかった。フォースは従い、やみくもに火炎を放つしかなかった。
 と、フリントは背にしていた長い鉄の筒を肩に担いで振り向いた。一発限りの使い捨て炸薬式無反動対戦車徹甲弾!
 ガッゥウウウウンンン!!……   ひとしきり砲撃音が響いた。
 フォースを掴んでいた巨大な敵竜は胴体を撃ち抜かれ絶命し墜落した。周囲の敵竜もこれには怯んだだろう。鉤爪から逃れ自由になるや、さらなる攻勢を仕掛けるフリント。だがフリントもフォースもすでに疲弊が極まっていた。
 しかも空賊は何十騎という圧倒的多数。動きが取れなくなるや、フォースはまた鉤爪に組まれた。衆寡敵せず、なのか……何体もの空賊竜騎兵一斉の爪と牙により、フリントとフォースは文字通り引き裂かれた。
 空に鮮血が散った。フリントの視界は朱に染まっていた。自分を嘲る空賊どもの哄笑がひたすらに悔しかった。レイン、きみとまた逢えたのに……
 全身を貫く激痛すら麻痺したころ、どこからか女の子の寂しげな声が聞こえた。呼んでいる。内心語る……ペブル、僕ももうきみと同じ場所へ行くよ……
       ……
 サーナは巨大な騎竜アクスに乗り最後尾の殿で、グリフォンに乗るグレイシャとともに味方が敵を引き付けてくるのを待っていた。敵は来た。たったの四騎。好都合ではあるが予想よりはるかに少ないな。
 高速高火力系! グレイシャに任せる。高機動低火力系! サーナが相手する。落ち武者のそいつらがやみくもに突進し攻撃してくるのを、グレイシャは横転と旋回で弧を描いて飛び優美にかわし、舞いながら反撃してたちまち仕留めていた。サーナは前進し、小細工抜きで正面から炎の吐息を浴びせてやった。
 残った二騎は逃げて行ったが、追い掛けられる速さではなかった。逃がしたにしても勝ちだ。しかし勝ったというのに不安になる。何故誰も戻ってこない?
 痺れを切らしたグレイシャ……彼女がほんとうは司令官なのだが持ち場を離れ、敵予測陣内に進撃しようとするのを、冷静な声で引き留めるだけだった。
 見れば前方から、また三騎の敵竜が向かってきていた。これも士気がなく倒すのは容易だったが、憔悴は募る一方だった。グレイシャも同様だろう。
 戦況は……どうなっているのだ? 仲間の安否は、圧倒的多数なはずの『空界の主』の残兵はどこへ? 勝てないのか、やはり……四十五倍もの敵には衆寡敵せず、か。
 生き伸びているのか? 見ればさらに三騎の敵竜騎兵が接近していた。こいつらも戦意低く、近寄れば進路をそらしたが……
       ……
 カードはこの戦いに勝てないことを承知の上だった。しかし退くわけにはいかない。負けるとしても、敵を無力化することはできるのだ。敵の親玉、司令官を付け狙って倒せば。つまり倒すべきはブレイヴ一騎だけだ!
 死にたくはないが、いま戦わなければどうせ後で死ぬのだ。ここでグレイシャを強く意識したカードだった。新婚早々、申し訳が立たない。
 敵司令官は容易に判別できた。豪奢な作りの金属鎧、はためく漆黒のマント、伸びる長いランス(騎兵槍)。なにより攻防に優れるだろう長大な巨竜。
 こいつが空賊『空界の主』司令官ブレイヴか。空賊の親玉である以上、意志肉体が薄弱柔弱な男であることはありえない。一気に接近し、激しい巴戦が始まった。
 やはり互いの竜はカードのブレードの方が機動性は分がある。反面防御と速度に難があるが。は、ブレイヴ。この卑劣な空賊のどこが勇敢か!
 敵竜騎兵はブレイヴだけではないのだ! 雑魚どもの下手くそな妨害を繰り返し受け、やむなく回避しては何度も執拗に旋回と横転を繰り返す。こうなれば機動性の優位さは相殺される。最悪の博打だ……勝ちは望めない。引き分けもない。途中で降りるわけにもいかない。ならば。常道の機動戦術は無意味だ。カードは覚悟を決めた。
 司令官騎に正面から突撃する!
 これはさすがに不意を突いたらしく、ブレイヴ騎はなんら対応できないまま、互いに炎の吐息が危険なまでの至近距離に位置していた。
 カードはひたすら愛用の護身武器、皮革の鞭にすべてを賭けた。目標は連絡指揮に不自由になるからだろう、兜を被っていない。顔面に直撃させる!
 二騎の竜騎兵は交差した。鞭を振るうと同時に、カードは腹部を深くランスに背中まで貫かれていた。ランスが刺さったまま、カードは薄れゆく意識の中、ブレイヴが苦悶の絶叫を上げているのをたしかに聞いていた。勝利の感覚を味わいつつ眠りに吸い込まれるのが解る。ブレードが安否を問う声は、もうなにも関係なかった。想うは……
 神よ……俺はまだ死ぬわけにいかないのに。は? 神に祈る、か。無神論者で通したこの俺がね。最期には弱音を吐くものだな。博徒に祈る神はなし。悪魔のみが味方する。
 だが宗教と信仰心は別ものだ。ロッドは神官を辞めても信仰深い。シェイムもフリントもそうだ、実直に生きている。サーナもティナもグレイシャも。金と酒と女。欲にまみれて俗世のしがらみに浸かっているのは、俺だけかな? 血反吐にむせる。
 こんなところで……この俺が……グレイシャ、みんな、どうか生き伸びて……
 永久の別れとはいっても、またいつか逢えると信じている。別の世界の、別の命の営みの、別の旅路の中で……カードはそれだけに満足すると、永遠の闇の中へ落ちて行った。