カードは皮肉に夢想していた。籠の鳥は時の監獄から解き放たれ羽ばたいた。世界は完成するときに完結する。文明は進歩を終え停滞期が続く。やがて退廃によって滅ぶ。理想郷のように思えて戦ではなく、安寧こそ危険。
学問技術は衰退し……科学は文明を維持できなくなる。それで滅んだのか、ディグニティは。二の舞三の舞は避けたい。が、いまはそれより。
当面の問題。四百騎もの空賊団相手に、飛行隊同盟はたったの八騎で応戦せねばならないこと。五十倍だぞ、酔狂に過ぎる!
かつて撃墜王の一人、参謀としても有能な竜騎兵は二個小隊六騎で数百に及ぶ敵竜騎兵を翻弄し壊滅せしめたと聞くが。眉唾ものだ。それにそのときの敵は将帥がいない烏合の衆だったらしいし。この周辺の問題疑惑がみんなの話題の中心となっていた。
その時、割って入る快活な女性の声がした。「お困りのようだな。ならば力及ばずとも、俺も参戦しよう。俺は空の噂では、『レイン』と呼ばれているものだ。そうブラッドレイン。嫌だと言っても、就いて行くからな。俺はいつも自分の行きたいところへ行く……」
みんな驚いて注目した。レインと名乗ったのは真紅の皮革の衣服を着込んだ、三十歳くらいの人並みの背の女性だ。澄んだ意志の伺える琥珀色の瞳。黒い髪を前髪は伸ばし流し、後ろは短く刈り込んでいる。グレイシャと並ぶ美形である。みんなうわさは聞いていた。
「鮮血公、血の雨の貴公子?!」とサーナ。
「まさか英雄撃墜王さま?」と、ティナ。
「伝説の竜騎兵が女性だったなんて……」とシェイム。
「ん……」フリントは黒眼鏡を掛け直し、何故かレインから顔をそらせた。
レインは魅力的な笑みを浮かべた。「俺は正確には竜騎兵ではない。竜と獅子の合いの子竜獅子、ドラオンライダーだ。その相棒の名はズィアロウ。つまり零だ」
ドラオン! ならば俺は知っていた。彼女は戦士だ。普通の兵士とは違う。一般的な兵士は、平和な時期に十六歳から二十二歳ころのとき、断ることは出来ず家族とも友人とも恋人とも別れ徴兵され、戦乱は無くただ任期を訓練だけで過ごし、二年程度の任期を終えると自分は退役兵だとの誇りを胸に、鍛え上げられた肉体で故郷へ帰っていく。
しかし彼女、ドラオンライダーのレインは違うのだ。十年以上前の履歴だから、詳細を知る者は少ない。フリントは知っている様子だな。
言っては悪いが、幼い頃ヴァスト王国から拉致され売られて蛮国の王の慰みものとなり、ものの十二歳かそこらで寝所の王を暗殺し、王の飼っていた駿馬で逃げ出した。
このとき堂々と湯浴みし血を落し、金に財宝も盗み出し、衣服も士族の娘風に用意してあったから、安全な地に辿り着き、平民の街娘に溶け込むのに「たった」六人の追っ手や暴漢を殺すだけで済んだとか。猛獣は正確に数えられない。
未開の土地で盗賊に野獣の危険ある中短剣一つに命を委ねる不安な夜を一年は一人で耐え忍びながら……一昔前の実話として書籍屋や図書館で話題を攫った記事だ。
この伝記をヴァスト王都伝えたときはまだ十三歳頃で。一躍平和な街の注目の的となり、時代の寵児となった。王室の賓客として貴婦人待遇された。そこで一流の師から学問と武術を学んだ。が、婚期ともなる十八歳にもなると行方をくらましていたのだが……ドラオンが彼女の相棒になった途端にだ。とするとそれがレインなのだ!
× × ×
撃墜王レイン、竜獅子ズィアロウ:攻撃3、防御1、機動7、速度5
× × ×
ここでシェイムが発言した。「レイン殿、貴女の協力は有難い。ならば噂のもう一人の撃墜王、空の義賊団長ブレイヴも仲間になれば俺たちは怖いものなしだ」
「知らないのか」レインは物憂げだ。「『空界の主』司令官こそブレイヴだ。やつは美辞麗句連ねた嘘の宣伝をして組織を義賊に仕立て上げている。俺が倒したい究極の敵だよ」
「そんな! 浮浪者に職を与え難民に施しをしているとか噂では良く聞いたが」
「捨扶持の薄謝を与え、三下のチンピラか、春を売る女かの類に利用しているだけだ」
ティナはこの情報に打ち震えていた。『空界の主』に入ったらしいティナの幼い友人の現状に末路は……
レインは続ける。「ブレイヴはいまや昔日の一王国をも超える私兵を抱えている。竜騎兵隊『空界の主』他、私掠海軍艦隊すらも。加入しているごろつきは、二万名を超える。数の差は決定的だ。ブレイヴの統率指揮能力も連達している。士気の低いチンピラを動かすのに、手段を選ばない。小遣い銭程度の銅貨数枚放り与えて命張る任務を強要し、従わなければ殺すと圧力を掛ける。武勲戦果を挙げたものは表彰し昇進させるが、略奪品の八割を上納金とさせる」
しかしフリントはここでも普段らしくもなく痛烈に皮肉った。レインとはやはり初対面ではないらしい。「レイン。そんなこと、どこの軍隊も武装兵力も同じですよ、おそらくはね。僕たちはそうならないよう個人の自由と権利を大切にするべきだ……ただ生きる、それだけ。それに満足できない人間が征服欲に駆られる。弱者は愚かしい政治遊戯の捨て駒にさせる。それを許すわけにはいかない!」
俺も同意した。「人道ってなんだろうな……響きだけは良いが実行しても偽善者と嘲られ、さもなければ卑怯者呼ばわりされる。世の中は矛盾と欺瞞に満ち汚れている」
ロッドは意見した。「カード参謀、言葉を誤られるな。穢れと汚れは違うのです。どうか夢々これを失念なさらぬよう」
俺は冷静に……痛烈な事実を語った。無情な戦線配置を。
「今回は規模が違い過ぎる、敵竜騎兵を完全に殺さずに戦い抜くには無理がある。各員、全力戦闘で立ち向かう、迫る敵には容赦をするな! 先陣、ティナ、ナイトメア、ロッド、レイン。突っ込んでまだ臨戦態勢ではない敵を蹂躙せよ。敵が向かってきたら離脱しバラバラに散開、ティナとナイトメアには誤誘導させる。シェイムにフリントと俺は後に続きロッドとレインと合流する。そこが決戦空域だ、王錫騎士団には対空援護に集結してもらう。サーナ、グレイシャは最後尾で退路を確保していてくれ。ティナとナイトメアは戦域を迂回しつつ一撃離脱を繰り返し……」
……言いつつ、思う。こんな戦いで生きて帰れるなんて都合が好過ぎるよ。俺の人生最大の大博打だな。さあ、みんな。せめて今夜は休もう。優しいぬくもりに包まれて。
学問技術は衰退し……科学は文明を維持できなくなる。それで滅んだのか、ディグニティは。二の舞三の舞は避けたい。が、いまはそれより。
当面の問題。四百騎もの空賊団相手に、飛行隊同盟はたったの八騎で応戦せねばならないこと。五十倍だぞ、酔狂に過ぎる!
かつて撃墜王の一人、参謀としても有能な竜騎兵は二個小隊六騎で数百に及ぶ敵竜騎兵を翻弄し壊滅せしめたと聞くが。眉唾ものだ。それにそのときの敵は将帥がいない烏合の衆だったらしいし。この周辺の問題疑惑がみんなの話題の中心となっていた。
その時、割って入る快活な女性の声がした。「お困りのようだな。ならば力及ばずとも、俺も参戦しよう。俺は空の噂では、『レイン』と呼ばれているものだ。そうブラッドレイン。嫌だと言っても、就いて行くからな。俺はいつも自分の行きたいところへ行く……」
みんな驚いて注目した。レインと名乗ったのは真紅の皮革の衣服を着込んだ、三十歳くらいの人並みの背の女性だ。澄んだ意志の伺える琥珀色の瞳。黒い髪を前髪は伸ばし流し、後ろは短く刈り込んでいる。グレイシャと並ぶ美形である。みんなうわさは聞いていた。
「鮮血公、血の雨の貴公子?!」とサーナ。
「まさか英雄撃墜王さま?」と、ティナ。
「伝説の竜騎兵が女性だったなんて……」とシェイム。
「ん……」フリントは黒眼鏡を掛け直し、何故かレインから顔をそらせた。
レインは魅力的な笑みを浮かべた。「俺は正確には竜騎兵ではない。竜と獅子の合いの子竜獅子、ドラオンライダーだ。その相棒の名はズィアロウ。つまり零だ」
ドラオン! ならば俺は知っていた。彼女は戦士だ。普通の兵士とは違う。一般的な兵士は、平和な時期に十六歳から二十二歳ころのとき、断ることは出来ず家族とも友人とも恋人とも別れ徴兵され、戦乱は無くただ任期を訓練だけで過ごし、二年程度の任期を終えると自分は退役兵だとの誇りを胸に、鍛え上げられた肉体で故郷へ帰っていく。
しかし彼女、ドラオンライダーのレインは違うのだ。十年以上前の履歴だから、詳細を知る者は少ない。フリントは知っている様子だな。
言っては悪いが、幼い頃ヴァスト王国から拉致され売られて蛮国の王の慰みものとなり、ものの十二歳かそこらで寝所の王を暗殺し、王の飼っていた駿馬で逃げ出した。
このとき堂々と湯浴みし血を落し、金に財宝も盗み出し、衣服も士族の娘風に用意してあったから、安全な地に辿り着き、平民の街娘に溶け込むのに「たった」六人の追っ手や暴漢を殺すだけで済んだとか。猛獣は正確に数えられない。
未開の土地で盗賊に野獣の危険ある中短剣一つに命を委ねる不安な夜を一年は一人で耐え忍びながら……一昔前の実話として書籍屋や図書館で話題を攫った記事だ。
この伝記をヴァスト王都伝えたときはまだ十三歳頃で。一躍平和な街の注目の的となり、時代の寵児となった。王室の賓客として貴婦人待遇された。そこで一流の師から学問と武術を学んだ。が、婚期ともなる十八歳にもなると行方をくらましていたのだが……ドラオンが彼女の相棒になった途端にだ。とするとそれがレインなのだ!
× × ×
撃墜王レイン、竜獅子ズィアロウ:攻撃3、防御1、機動7、速度5
× × ×
ここでシェイムが発言した。「レイン殿、貴女の協力は有難い。ならば噂のもう一人の撃墜王、空の義賊団長ブレイヴも仲間になれば俺たちは怖いものなしだ」
「知らないのか」レインは物憂げだ。「『空界の主』司令官こそブレイヴだ。やつは美辞麗句連ねた嘘の宣伝をして組織を義賊に仕立て上げている。俺が倒したい究極の敵だよ」
「そんな! 浮浪者に職を与え難民に施しをしているとか噂では良く聞いたが」
「捨扶持の薄謝を与え、三下のチンピラか、春を売る女かの類に利用しているだけだ」
ティナはこの情報に打ち震えていた。『空界の主』に入ったらしいティナの幼い友人の現状に末路は……
レインは続ける。「ブレイヴはいまや昔日の一王国をも超える私兵を抱えている。竜騎兵隊『空界の主』他、私掠海軍艦隊すらも。加入しているごろつきは、二万名を超える。数の差は決定的だ。ブレイヴの統率指揮能力も連達している。士気の低いチンピラを動かすのに、手段を選ばない。小遣い銭程度の銅貨数枚放り与えて命張る任務を強要し、従わなければ殺すと圧力を掛ける。武勲戦果を挙げたものは表彰し昇進させるが、略奪品の八割を上納金とさせる」
しかしフリントはここでも普段らしくもなく痛烈に皮肉った。レインとはやはり初対面ではないらしい。「レイン。そんなこと、どこの軍隊も武装兵力も同じですよ、おそらくはね。僕たちはそうならないよう個人の自由と権利を大切にするべきだ……ただ生きる、それだけ。それに満足できない人間が征服欲に駆られる。弱者は愚かしい政治遊戯の捨て駒にさせる。それを許すわけにはいかない!」
俺も同意した。「人道ってなんだろうな……響きだけは良いが実行しても偽善者と嘲られ、さもなければ卑怯者呼ばわりされる。世の中は矛盾と欺瞞に満ち汚れている」
ロッドは意見した。「カード参謀、言葉を誤られるな。穢れと汚れは違うのです。どうか夢々これを失念なさらぬよう」
俺は冷静に……痛烈な事実を語った。無情な戦線配置を。
「今回は規模が違い過ぎる、敵竜騎兵を完全に殺さずに戦い抜くには無理がある。各員、全力戦闘で立ち向かう、迫る敵には容赦をするな! 先陣、ティナ、ナイトメア、ロッド、レイン。突っ込んでまだ臨戦態勢ではない敵を蹂躙せよ。敵が向かってきたら離脱しバラバラに散開、ティナとナイトメアには誤誘導させる。シェイムにフリントと俺は後に続きロッドとレインと合流する。そこが決戦空域だ、王錫騎士団には対空援護に集結してもらう。サーナ、グレイシャは最後尾で退路を確保していてくれ。ティナとナイトメアは戦域を迂回しつつ一撃離脱を繰り返し……」
……言いつつ、思う。こんな戦いで生きて帰れるなんて都合が好過ぎるよ。俺の人生最大の大博打だな。さあ、みんな。せめて今夜は休もう。優しいぬくもりに包まれて。