ティナはつぶやく。「二カ月か……それまでみんな戦死せずに戦い抜けるかしら」
 グレイシャは焦っている。「野宿なんて僕、したことないです!」
 俺は苦笑した。「俺も穏やかな書斎で美味な酒を飲みつつの読書がお気に入りだけどね。本はかさばるからな~っ。知識の伝達はかくて難しい。旅路には書物は邪魔だもの。でも人生は常に学ぶことだよ」
 サーナは驚いている。「カード、貴方自宅持っていたの?!」
「昨年買ったよ、古くて小さいけれど、俺にしては十分な邸宅だ。なまじ書籍代の方が掛かったかな。印刷機も買ったんだ。書物を編纂して多々印刷して売り出す算段だった」
 グレイシャは訴える。「素敵ですね、カードさま、そこで僕と暮らして貰えませんか? 戦いが終わったら……」
 相思相愛の素晴らしさに揺れる俺だった。しかしここでたるんだ様子を見せるわけにはいかないが、喜んで答える。「ん~っ、二人で住むにはぎりぎりの大きさかな。もし子供が生まれたら増築しないと」
 グレイシャの顔は赤く染まった。でも俺は指摘した。「いまはそれより、竜騎兵団、飛行隊の潜伏先。戦争は情報が鍵を握る。これのわかっていない空賊との戦いなど、おそらく訓練された部隊にはおままごとだ。俺たちの戦力の位置を捕捉されたら、戦力を集中してたたみ込まれあっさりと終わりだ」
 グレイシャは提案した。「海上はどうでしょうか? 王錫騎士団は十数隻の海軍も有します。大きめの輸送艦とかなら飛竜の母艦としても使えるはずです」
 俺は喝采を上げた。「願っても無い! それはかなり有利に戦えるな。分散して一騎ずつ搭乗し、敵兵力を分散させ得る。敵に襲われたときの危険を大分減らせる。一方で俺たちが出撃するときは、連絡を密にし集結していつも通り一撃離脱だ」
 サーナは発言した。「決戦になったら、私が最後尾を護るわ。アクスは速度が最も遅いもの、逃げられないものの役目よ」
 フリントが意見する。「いえ、最後尾は僕が。フォースの頑強さならそうそう落とされないはずだから」
 俺は笑いのけた。「ママ、思い詰めないで大丈夫。事前に準備をしておけば、活路も退路も勝機もある。できれば殿(最後尾)は神速のティナのニードルにして貰いたいな、そうすればみんなが離脱できる」
 一同が俺に注目した。サーナは問う。「カード、準備とはどんな?」
「アクス等の機動性の低い竜は、戦闘開始前に高度を十分に取って、下方のみんなが接敵して戦闘が始まったら、悠々と死角から急降下し速度を付けて敵の後方か前方から一撃離脱する。決して急旋回の巴戦をしてはいけない。これだけだ。離脱後は十分降下して敵を引き離し、助走を付けてから速度の余裕で高空に上昇する。また下方の隙を窺い、これを敵が怯むまで繰り返す。高度と速さは別単位に思えて、交換し合える力なんだ」
「さすがの学識ね、カード」
 みんなから称賛の視線が集中するのが面映ゆい。
 というかこれしか才のない男だけどね、俺は。数学能力は年齢とともに低下する。だから俺は十八歳のいまの内に商人として稼ぐだけ稼いで二十歳になれば部下も作り商いを広げ、店を立て運営し、商船隊の出資者にもなり交易の配当金を受け取り。
 そしてグレイシャと子供を作り育て、三十歳も過ぎたら賭博続けながら楽隠居しようと企んでいた。なかなか図太い案でしょ。とにかく策を提示する。
「高度を速度に、速度を高度に変換する。基本的な力学だ。これなら鈍重なハーケンやアクスでも優位に戦える。水平旋回は避け垂直旋回に。ただでさえ速いスパイクがこれをすれば無敵だ。注意点は、飛行中に速度と高度の両方を失ってしまうこと。こうなったら手も足も出ない。もう終わりだ。これをチェス用語よろしく、手詰まりという。
 残された手は、敵の方向に向かって旋回すること。相討ち覚悟で正面から討ち合うしかないんだ……といっても、そうなってもアクスは強い。敵竜に肉薄し、自爆の危険がある炎の吐息を封じて牙と鉤爪で戦う……逆に言えば、グレイシャのウィンドなんかは決して敵に接近戦を許してはいけない。噛み割かれて終わりだ。シェイムのフラッシュも苦戦しそうだね。先手を打てると好いけど。ティナのニードルやロッドのスパイクなら速いから大抵の接近戦から逃げられるはずだけど」
 グレイシャは主張した。「防御力はありませんが、旋回しての巴戦なら、僕のウィンドは無敵のグリフォンですよ。やや攻撃力に速力も弱いですが」
 ティナも言う。「ニードルは軽快さなら負けないわ。速度はすうっと加速して、たちまち最大戦速、急旋回してもあまり減速はしない。どんな敵にも追いすがれるし、不利な戦いから逃げられる。機動性で命中率、回避力抜群。攻撃力防御力は無いけれど……」
「欲を言わせてもらえば、機動性に優れる俺のブレードにグレイシャのウィンドやティナのニードルを前面に、防御力の高いフリントのフォースは低空で水平旋回し、敵を引き付けてほしい。そうすれば攻撃力の高い、アクス、スパイクが付け入る隙ができる。もちろんフラッシュは能力が均衡取れているからどんな戦況下でも戦える」
 シェイムは意見した。「だがフラッシュは個性がないだけ、特定の状況に即応できない。ここはカード殿のハーケンをお貸し願えないか?」
「いいけどくせが強いよ、ハーケンは。まず加減速の鈍重さにびっくりするだろうね」