と、ひと段落し。ここで回想する俺、カードだった。ああ、シャドーさんが生きていたらな……地に降りても無双の使い手だったよ。俺は社会の地位的にもっとも卑しまれる農奴、小作農の子供だった。数学ばかりが取り柄。
 シャドーはひょろひょろなもやしっ子の十二歳の非力な俺に、素手で戦う体術を仕込んでくれたんだ。鞭は独習だったけどね。ああ、思えばそれから俺めっぽう肥えたな。格闘家は身体が資本だものね、というのは建て前、本当は酒肥り。
 俺が痩せていたころ美少年だったなんて、いまやみんな信じてやくれない。村娘たちにモテまくったどころか、男色の庄屋にまで狙われていたなんてね。
 そんな俺がいまの騎竜ハーケンと出会ったのは、十五歳誕生日の少し前だ。シャドーさんのアクスに攻撃され、ハーケンの乗り手だった空賊は落下傘で逃げた。それはトロトロ墜ちて行ったから、シャドーさんはそいつの身柄を拘束したけれど。
 上空を舞う他の空賊に威嚇とか連絡とかでシャドーさんの援護ができないかと空を恐れずに見ていた俺に、ハーケンは興味を持ってくれたんだ。
 あの夕空は忘れられない。ハーケンは舞い降り穏やかに「少年、空が好きなのですか?」と問うてきた。俺は「空の彼方に広がる無限の領域こそ、俺が知りたい本分」と答えた。ハーケンは「わたしなら少しだけ近付かせてあげられますよ」と言ってくれた。それからだ、俺が竜騎兵となったのは。
 無料で商売をするに、不毛な荒野に赴き適当な綺麗な砂場を見つけ、ハーケンとそれをすくって袋に詰めハーケンに積んで街へ戻り、ハーケンから荷車に移し替えて街へ入って街の店に売り込んで、認められるやその前の道を砂で舗装する。
 これは評判良かったな。一日銀貨四枚くらいにしかならない、いまからすると儲からない仕事だったけれど、元手は無料だから、当時としては大金だった。とても重労働だったのは、数ヶ月で俺の手脚の筋肉は数倍に膨れ上がっていたのが証拠。
 金にならないときもあった。その時ハーケンは漁師に猟師として、大きな獲物を仕留めてくれた。売りさばく才はまだなかったので、単にその場の食料として。
 これを知っていたのも当時はシャドーさんだけだったな……。かれとは訓練で何回も竜騎兵としての空中機動戦、格闘戦をした。機動性はややアクスが上回るが、どんぐりの背比べだ。むしろ速度に優れる俺のハーケンは善戦した。正面から組み合って荒っぽく爪と牙で白兵戦をしても、ほぼ互角だった。
 竜騎兵シャドー、俺の人生の師。真の騎士の名にふさわしい戦士。王国に志願すれば上級騎士待遇の竜騎兵になれたろうに、辺地の一郷士に甘んじた私心のない男。
 シャドーも俺と同じく、普通の街人すらから卑しまれる農奴出身の立場から、大多数の人口を占める農奴に漁師から搾取する、貴族文化を嫌っていた事実は否めないが。この都市と近隣の村では絶対的なカリスマだった。
 郷士シャドーには無かった私心、野心……その点、俺は違うのだ。小さい頃から自らの才覚のみで栄達することを常に身に律してきた。
 だからかつてから求めたのは数学、無限の極みだった。それはまさに天を目指すこと……飛竜ハーケンが仲間になってから、これが世俗的な野心になって跳ね返ってきた。
 俺の野望は今や学者なんて目じゃない。手に入れるは権力、そのためには金と力。俺は聖人君子には程遠いな。竜騎兵は強大な力だ。王国が滅んだのなら、無力で無能なこの都市領主の地位を俺が引き継いでどこが悪い?
 まして騎士団長の娘、グレイシャが俺を慕っている。利用するつもりはない。正当な権利として動かすのだ。
 いまや俺はいずれも精鋭な七騎の竜騎兵、百もの騎士、二千もの兵士を支配下にして……武力、資金力、権力は手にある。まだまだ弱い。俺はさらに高みを目指す。
 すべてはこの国のみんなの幸せに帰するために。為政者としての義務を果たすために。昼は太守の地位をグレイシャと分け合おう。夜は一つのベッドを分け合うのだ!
 ……フリントの親方の武具の手配を済ませると、みんなで滔々と戦術論議を語り合った。もう昼の好い陽気となっていた。広場へ出て貸し切り状態で互いの飛竜を交えて論議だ! 酒場からワインとつまみを持ち寄って。竜騎兵の団欒。
 ここでフリントが問う。「カードさん、親方の品物で一点用途不明なものがあります。なんでしょうこれは、精密で詳細な完全な設計図もありましたが意味不明です」
 これは! 俺にはまさに心当たりがあった。見付けられたこの感激に胸が躍る。片手に乗る大きさで角はやや丸みを帯びた直方体、無数の小さな歯車とずらりと並ぶ数字の目盛りと0と1の記された入力把丙がぎっしりしてあるそれは……神話伝説の!
 感嘆と興奮する。俺は終に見つけた、手に入れた……。籠の鳥の魔王が有したとされる魔法の神器……手動機械式計算機、あらゆる文化、文明の礎たる『賢者の歯車』!