生きて再び地を踏めるかなど、大いなる空に抱かれるものは誰も気にしない。籠の鳥の飄々たる生き様として。真なる震えは生還したときこそ起こる。
 
 僕が習ったところによると、この国は占星術的には、世界の東の最果てに位置する島国、とされる。伝説の神話の時代、恐ろしい戦禍に天災を被ったとも、世界最大の栄華を極めた、ともされる。
 全世界の文化を取り入れ繁栄したとか。いまは文明が衰退しているんだって! そうかなあ、不自由はないが。僕が恵まれているだけかな?
 僕はグレイシャ。女騎士、それもグリフォンライダーなんだ。最近治安風紀が乱れているなあ……王国も頼りにならないどころか、下手したら敵となる。それはまずい。
 僕は仮にも王国騎士……というか、騎士団長の娘だから。いまは騎士団とは独立して動いている。仲間はみんな、空を舞うドラゴンドライバーだ。僕だけグリフォン。
 僕は昨夜竜騎兵仲間七人としたたかに飲んで、宿の個室で遅い朝を迎えていた。葉巻を取り出し、火種に点け点火する。くわえて吹かす。たちまち心地よい陶酔が襲う。肺には煙は入れていないつもりでも、少しは吸いこんでしまうのだろう。
 これを燻らせると気分が安らぐ。戦いを前に昂った精神が静まる。吸いながら、半刻は燃え続ける。
 ノックがした。葉巻の匂いに察したのだろう。答える。「どうぞ」
 見れば僕が恋する酒樽少年、カスケードさまだった。背も低いし、太っているし。でも竜騎兵の用兵戦術立案と商売金儲けは天才的! 博打好きなのが玉に瑕だけど、それも強い! 格闘技も長け……無敵っぽい。二日酔いしたのか、頭を自分で揉んでいる。しかし身だしなみに乱れはない。朝湯をしたらしく、さわやかな香料の匂いが広がる。
 僕は意中の彼に挨拶した。「おはようございます、カードさま」
 天下の鬼才カスケードことカードは二日酔いをものともせず、平易な呑気な口調で語った。「おはよう、グレイシャ。昨夜の続きだけど、ここままだとまずいね。俺たちは戦うに当たり大義に欠けるよ」
「僕たちはこの都市と、周辺の村々に街道を守る役目がある。これは大義では?」僕は騎士の矜持を思い返していた。
「王国に刃向かうってだけで、立派な罪さ。それも最大の大逆罪だ。軍隊どころか国民全員を敵に回すという立場におかれる。聖杯、金貨騎士団はそれを付け狙っているんだ」
「理不尽な! なにか打つ手は無いのですか?」
「言うのは簡単だけどさ。国王陛下を俺たちが逆に擁すれば、立派な大義となるよ。王国全体の武力に軍隊を動かす最大の口実に」
「僕の所属する王錫騎士団が味方すれば。それに同盟するかもしれない剣騎士団も」
「その件で、またみんなで集まろうよ。ハーブティーで酒を抜こう」
 こうして、酒場宿の一室にテーブルを囲み七名揃った。僕グレイシャ、カスケード、元神官ロッド、元騎士シェイム、鍛冶屋フリント、少女ティナ、この店のママ、サーナ。ハムサンドの軽食を前にする。
 カードと僕は、先ほどの懸念をみんなに伝えてあげた。一様に深刻な雰囲気となる。取り敢えず騎士団について。
 ティナは悲しげだ。「王国騎士団を二分する戦いなんかになったら、たいへんな悲劇だわ。人間同胞同士殺し合う戦争は絶対にいけない」
「同感です。聖杯騎士団は教会に務める異国にも権力がある大司教猊下の存在が大きい。王妃殿下もこの縁の出なのです……なのに、あろうことか組み込まれた神官隊は非道を……歪んでいる」元神官ロッドはやるせなくいう。
 元騎士シェイムは侮蔑した。「そうだ、俺も同感。金貨騎士団は豪商が取り仕切っている。金さえあればなんでも通じると信じて疑わない下衆どもだ」
 僕は意見した。「王錫騎士団は、大半が平民志願兵の若者から選りすぐって、騎士に準じているよ。実際最大規模なのは父上の騎士団だ。それに、剣騎士団は騎士のなかでも、最精鋭の部隊。数こそ少ないけれど、実戦を知らない神官私兵騎士、商人手下騎士の敵ではない。先の都市の攻略に最も戦い、かつ非道は聞かない。名誉ある騎士団だ」
 カードは手厳しく事実を言う。「だが権力と金は無い。いくら俺でも、騎士どころか訓練の足らない浪人傭兵数百人臨時に雇うのがやっとだ。すると目下グレイシャちゃんが最高権力者か。だが父クラブ卿、騎士団長なら、自分の娘でも切り捨てる覚悟はあるのだろうな、仮にも一人娘を騎士に育て上げたのだから」
「そうなの、カードさまと一夜を共にしたなんてことがばれたら、僕殺されるかも。良くて騎士称号剥奪されて絶縁追放」
「グレイシャちゃんは乙女だから! 俺はなにもしていないもん」
「カードさま、僕を見捨てるのですか?」悲壮な覚悟を決め、僕はフリントに向かって頼んだ。「刀鍛冶の炎の金床を貸してくれないか、僕を弄んだ男との決闘を前に、フリントくんと相槌を打ってサーベルの刃を鍛え直したいんだ」
 サーナママその他が制止したが、フリントは気軽に応じてくれた。
「経験は? 単に火を通すだけでは堅くはなるけど脆くなるよ。焼きが回るってやつでパキリと折れる。鍛え直すなら僕に任せてよ……あれ、銘を確かめるまでもなく、親方の長刀ではないか。これなら一生ものだね、金貨二十枚はする。一般的な剣の軽く十倍以上の高級品だ。ふむ、よく使い込んであるけれど、まだ鍛え直す必要はまったくないな。砥石で磨きあげてあげるよ」
「そうだな。この剣は並みの剣と打ち合わせると、相手の剣が無残に歯こぼれする。フリントくん、きみの親方は大変なお方だ。とにかく、カードさまと決闘しなくては……」
「実は僕は、武器を鍛えたくないのです。それよりみなさん、全員に僕が作る落下傘を背負ってもらいます」フリントは剣を見分しながら提案した。
「らっかさん?」聞いたことが無い。問う。「なんのことかな?」
「飛竜が殺られたとき、高空から脱出できます。どんな高さからでもふわりと着地。知名度は低いですが、一部の竜騎兵に気球乗りとかは常備していますよ。撃墜されてもかなりの確率で脱出できます。ちなみに耐火素材製です。これを背負っていれば安心です」
「それは好いが、騎士として騎上する獅子鷲ウィンドを見捨てるのは忍びないな。みんなも、自分の竜を手放したくないだろう?」
 サーナは答えた。「そうね、それよりもちろん今後の方針だけれど……召集令状に返信しない……無視を決め込むことにするわ」
 一同は騒然とした。ティナが指摘する。「それだと王国から攻撃を受けるのでは? それよりはグレイシャさんのつてで、王錫騎士団と同盟して……」
 しかしカードは軽く言った。「取り敢えず哨戒網を厳しくしよう。空戦隊だけでなく陸上にも有志の情報網を。もっともグレイシャとサーナママは待機」
「騎士たる僕を愚弄するか! 戦場で敵に背中は見せない」思わず騎士の啖呵を切ってからはっとする。「カードさまは、竜の騎士として女を守ると言われるのですか……」
「いや、違う。乗る竜の適性からだよ。グリフォンは個性が強くてね。代りにティナちゃんとロッドさんには先陣を切ってもらうよ。転進して敵を引きつけ、包囲陣に誘い込む。そうしたら、グレイシャとママの本領発揮さ。敵の前進攻撃を正面から受け流してもらう。続いて俺以下が袋叩きにする。以下を見て」