僕は混乱していた。まさか自分の所属する騎士団の王国に、仲間となった竜騎兵たちは敵対するなど?!
 サーナもフリントに同意した。「そうね。街に村を守護する郷士シャドーはもういない。戦争なんて起こすだけ馬鹿らしい。莫大な出費と流血を民衆に強いる。若者は民兵として徴収される、これは断れば死罪! 戦争こそは最大の犯罪、悪魔の所業よ」
 フリントは吐き捨てた。「まったくだ! それなのに、為政者に騎士は御都合主義な大義名分を作りありもしない正義を謳う」
「いつの時代も婦女子や病人のような相手に弱いものいじめをして、暴行し金を巻き上げ俺は強いんだ、正しいんだかっこいいんだとのさばる士族気取りのチンピラは絶えないものね。そういうのに限って、数だけ群れるヤツには平伏するくせに」
 このセリフに、シェイムの顔は血が引き蒼白になっていた。彼は民間人――路上生活者であるが――の少女を『人間の屑』と称して殺したことがあるから。
 世間知らずとはいえ、愚か過ぎた。これは豊かさに退廃し背徳的な権力有る貴族なら、よくある所業だが。
 その罪を自らの死を以て雪ぐためだけに戦っているのだ、シェイムは。しかし、殺しの罪を戦いによって償うなど矛盾。悪戯に罪を重ねていくだけではないか。全身罪なき敵兵の血に塗れ、取り返しがつかなくなる前に戦争とは縁を切らないと。
 もちろん騎士の僕が言える口ではないのだけれど。
 シェイムは事実を語った。「俺も侵略戦争を働いた王国騎士を辞任した身です。軍隊は、それに俺は大変な罪を重ねました。この上恥の上塗りはできません」
 ロッドも続いた。「私も無力な住民にたいへんな非道働いた、武装神官でした。そこから脱走した咎があります。いまさら王国に未練はありません」
 僕は意見した。「父にお願いして、編入を辞退させてもらいます」
 カードは歳らしくもなく事を述べた。「そうかな? 司令部の下した軍務は、話し合いで折り合えるものではない。将官の立場にいないものには。一介の兵士どころか、高級士官や勲爵士並の貴族でも不可能だ。グレイシャ、きみは?」
「はい、僕は勲爵士です。ですがカードさまは事実を語ったとしても、僕は自由に飛ぶ! 敵が誰であれ、邪魔はさせない」決然と答えたが僕だが、根拠は無い。出会ったばかりのグリフォンウィンドを駆り、敵竜と空で戦った経験がないのだから。
 ティナはあくまで冷静だ。「誰であれ……王国であっても? 単なる空賊相手とは話が違うわよ。士気の高い良く訓練された数十騎の竜騎兵隊、数万に及ぶ陸戦兵も無視できない。それに、敵対すれば都市への立ち寄りも認められなくなる。いくら強くたって補給に休息ができないのでは戦えない」
 シェイムは意見した。「強気な態度に出たら? 俺たちの部隊は、地方一都市の戦力を軽く超えるのだから。一竜騎兵は千兵に相当する、だ。王都の竜騎兵だってせいぜい二十騎、他はここの都市を含め地方に分散しているだろうし……正確な数は分からないが」
 ティナはかぶりを振った。「無闇に刺激するのはいけないわね。敵とされたら私たち、きっと空賊の名を被るのよ。民衆の敵にされる」
 僕も怒った。「なんでそんなことに。理不尽だ、誇りが無いのか?」
 フリントは激昂している。「そんな汚名をよくも。いままで献身的に闘ってきたのに! 別に誰のためとは言わなかったが……」
 カードは嘆いた。「俺は真面目に商売続けたいだけなのに。せめて灌漑土木工事終わるまで待ってもらえないかな。途中で止めたら報酬が貰えないよ!」
 ロッドは苦々しく指摘した。「そもそも、防空を私たちに……いえその前はシャドーさんとか、独立有志竜騎兵に任せきりだったとは、この都市の太守は腑抜けなのですか?」
 シェイムも賛同した。「自分の領地も守れないで領主なんて名乗るのか。戦線へ赴かない安穏とした暗愚な王国貴族なんか恥を知れ! 俺は恥じたぞ」
 サーナは語った。「そもそも都市はみんな独立自治権があるのに……建て前上は」
 僕も耳が痛い。「サーナママの店は……独立運営できないでしょうか。無論、都市の土地。僕の父上の領地ではないですが」
 カードは低く暗い声で断言した。「いや。いまや俺たちはご立派な一大勢力だ。ここはこの「立場」を利用しよう」
「立場とは?」一斉に席を囲む視線がカードに集まる。
「俺たち、空賊、王国という三竦みだ。二大勢力だけでは決着は戦力の大きい方に自然傾くが、三勢力あればいずれもうかつに動けない算段だ。これはむしろ理想的な格好の舞台となる」
 僕は引用した。「平和には、世界の統一ではなく各国の軍事力の均衡がものをいう、か。これは用兵学以前の戦略論で習った。その上で政治面からの世界統一が理想だ」
 ティナも意見した。「そうね、すべての竜の真実の主、ジャッジさんは王国とも空賊とも戦うと言っていた。だから宮仕えはできない」
「そうか、ジャッジ。思い出した、ドラゴンドライブ、ジャンク・ジ・エアフリートだね……かれがもし、真なる正当な力を得たのなら……四大勢力分布となる」僕は唸った。
「え、ジャッジさんは亡くなったわよ」
「そうなのか、すまない、ティナ。だがそれはグリフォンのウィンドから聞いていない。どちらかが誤報の可能性もある」
 ティナはうなだれていた。「誤報ならどれだけ良いか……すべての竜の主人が健在なら、空で戦いなんて起こらない」
 サーナは意見した。「悪いことに、最後にシャドーから聞いた噂では、王国騎士団が分裂しかかっているわよ。クラブ卿とソード卿に対して、ハート卿とダイヤ卿……つまり黒と赤の分裂って図式になる。すると自然、私達の打てる切り札となりえる力は、グレイシャの前にはまず……」
「俺ってわけだね」カスケード、『カード』が即答した。「それからグレイシャちゃんも。王国騎士団を一個師団、上手くすると二個師団仲間にできるなら、勝機は上々だよ。王国黒の騎士団、赤の騎士団と空賊、それに俺たちの四大勢力となり、二つが同盟すれば勝敗は明らか。俺としてはこのどさくさに、卑劣な空賊どもを一掃したいね」
「それは待ってください」ロッドが静かに意見した。「戦うべき敵を失っては、武力は矛先をどちらへ向けるでしょうか。自明なはずです」
 シェイムが肯いた。「王国軍なら、矛先を内に向けるはず。軍とはそうしたものと、俺は思い知ったよ。王国は内乱が起こるだろう」
 カードは失笑していた。「ああ、懸念はしていたがね。当事者から指摘頂けるとは。しかし、外敵もいるのだろう? たかだか城塞都市を五つ抱えた王国。しかもそのうちの一つは侵略戦争で最近奪ったもの。俺は商人として、他の国も回ったよ。君主の称号に、皇、帝、王、侯とある。地位的には王とは決して最高位ではない」
 サーナママが割って入った。「いますぐ事が動くものではないわ。ここは安全な内に、飲み食いすることね。ロッドさん、フリントさん、シェイムさん、駆け付けに一杯いかが?」
 全員で仕切り直し、僕は慣れない酒をまた乾杯した。