ティナが疑問を口にした。「なんでドラゴンの能力って、こうもみんな均一なのかしら……個性差はあっても、総計は同じ。長所と短所を計算すると、きれいに均衡が取れている」
 俺はにっこり笑った。「好いところに気付いたね、俺もそれが疑問だったんだ。これについては、誰か知らないかな?」
 フリントは意見しかけた。「僕の少年時聞いた伝承によると……いやここはロッドさんの見解を伺いたいな。最年長者で、もと神官長」
 ロッドはかぶりを振る。「私の聞いた限りでは、竜は太古から地上を闊歩飛行していた、偉大なる種族の末裔ということです。その栄華は、数千年から数万年とされる人間たちの文明の期間を数万倍も超える数億年でしたが、天罰により一日の一瞬で滅んだとか……」
 話がそれているが、俺は尋ねた。「天罰とは?」
「地上に巨大な隕石が衝突したというのです。巨大といっても地上でいちばん高い山脈程度の大きさらしいですが、生き物を種ごと根こそぎ七割以上滅ぼすのに十分だったのです。竜の時代は終わり、数千万年の季節を経て人間の時代が始まりました」
「数億年とかってなに。神は一週間かけて世界を作り上げ、人間はその週の最後の前日に生まれて、いまの世界の歴史は六千年か七千年ではなかったかなあ?」
「私もそう習いました。しかしいまとなっては何が真実かなど、誰が知り得ましょう……道理に合わない矛盾同士の衝突は絶えません」
 フリントは語る。「僕の聞いたところでは、光の文明当時の人間の魔術師がドラゴンを蘇らせた。廉価で兵士に扱いやすい兵器として。だから機能化されている……神官からすれば、恐ろしい神聖冒涜でしょうが。初期の竜は、炎ではなく毒を吐いていたとか」
「受け入れ難い説ですが、私は破戒した身。いまさら異説を否定する理由はありません。そう、ドラゴンは数千万年地上にいなかったのが、光の文明紀に突如復活しているのですから。正論は奇なものです」
 ティナは先の質問に追加した。「私が思うにドラゴンとは、人間が乗るのに都合が良過ぎる生き物という点です。他に騎乗できる動物には、馬、ロバ、ラクダ、象などもありますが。人の言葉が通じて人を乗せて空を飛び……敵に火を噴くなんて都合良過ぎ」
 俺は指摘した。「きっと臓器から、食べたものを発酵させて可燃性のガスを発生するのだろうよ。それに高圧を急激に掛けて着火、炎の吐息として噴射するんだ。ドラゴンを人間が設計したなら、人間に都合が良くておかしくないよ」
 ロッドが意見した。「憶測だけを交えても、邪説だけが生まれます。いまはのんびり飲みましょうよ。そろそろ酒宴といきましょう」
「ロッドさんいける口だね。ああ、いまは飲みたいところだね」俺は大声を上げる。「ママさん、晩餐の用意をお願いします。まずはビールを大ジョッキで五杯! 料理はなんでもお任せします。肉、魚、野菜穀物も具たくさんで! 珍味もどんどん持ってきて!」
「は~い! カードちゃん期待していて。ティナちゃんは、ゆっくり休んでいてね」明るく答える酒場宿のサーナママさんだった。
 さっそく冷えたビールを若い娘店員が運んで来た。五人全員で手に取り高く掲げ乾杯する。俺は一気に飲んだ。新鮮で芳醇な香りのこの、のど越しがたまらない。見ればロッドも飲み乾していた。ティナはそこまではいかなくとも、元酒場娘だけあって飲みっぷりは良い。真面目なフリントにシェイムは嗜む程度だった。
「破戒僧の私ですから」ロッドは微笑む。「カードさんの疑問はおそらく、なぜもっと能力的に秀でた、または劣ったドラゴンが出てこないかですね。人間の個性差に比べると、総合的には竜は均一だ」
 フリントが答えた。「人間が作ったのなら納得がいきます。限界の性能を求めると、人の鍛え出す道具はほぼ一定の質にたどり着くから……その限界を極めたなら、ドラゴンとは類まれな美しい工芸品です」
「答えが必ず見つかるものではないのが世界の常識だ」俺は引用した。「数学において、決して解の見つからないと論理的に証明された関数は五次方程式以上だし、数そのものからして、大半の数は人間の扱えない虚数の膨大な海の上にぽつり、ぽつりと浮かぶ実数の島だ。その中にまだ扱えない無理数もあるし。有理数となるとかなり制限されるが、整数数学すら論理的に証明できない命題はたくさんある」
 フリント、ロッド、シェイムは言葉の意味が解らない様子だった。無理もない、識字率さえ低いのに計算どころか数学の話題では。俺としては、戦術案を提示し常にみんなに従ってもらい、この竜騎兵隊の実質的な主人となることだな。悪い癖だ。計算高すぎるな、俺は。だが、正規軍と違うこの混成部隊、若輩とはいえ作戦立案は俺でなくては。
 ティナは陽気に笑った。「カード先生は知りえる範囲をすべてお見通しってわけね。凄いわ、やっぱり」
 俺は神官ロッドと騎士シェイムに、死相が浮かんでいることが見て取れた。死。死んでしまうこと。避けられない死。いったいなぜ……どう抗おうと、死の前には勝てない。
 ならばいまを楽しく生きることがなにより大切ではないか? 過去の罪を悔いたって。贖罪の為なら、まず生きることだ。いまは罪を重ねていないのならば。
 当たり前だが死は絶対的だ。ロッドなら歳がいっているから死を意識するかもしれないが、シェイムは二十歳そこそこのはず。でもいま生きているという事実をなぜ見つめないのか……贖罪は社会に貢献出来てこそ。いままでの働きで十分ではないかな。
 対して鍛冶屋フリントには生きる意志がありありと窺える。良い澄んだ眼をしているが、時としてそれは憎しみに歪む。もう俺は聞いてしまった。シェイムに対してか……無理もない。フリントはただの鍛冶屋ではなく、戦士の意志があるように伺える。
 ティナお嬢ちゃんは過去何があったか……時折虚しげで儚げだな。『すべての竜の主』とやらに出会えたからか。そういや、グレイシャお嬢様は影が無かったなあ。よっぽど真面目に厳格に、愛情に包まれて育ったのだな。学識にも長けるのに世間知らずだし。こうしてなんでも値踏みするのが俺の得意な性癖だ。仕事に役立つからね。
 結局至極素敵な仲間たちじゃないか。ここにグレイシャお姉さまを加えたら、言うことはないね。俺たちは何度となく酒を御代りした。幸せだな。夜も迫り、他の客も増え、ピアノ演奏も始まった。
 あれ? 身軽な服装……というか露出度の高い服装の女の子たちが酌に来たよ、頼んでないのに……ロッドは金貨でチップをしたのか! 金持ちだね、神官って。もっともロッドは慌てて困っている。自分は夜を共にできないと断る。世間知らずな元神官さま。
 純真なフリントも厳格なシェイムも断っている。俺はそんな殊勝ではないが、お子様な生徒ティナの手前、相手にできない、もったいない。取り敢えず、酌だけは頼むか。人生楽しまないとね!