ヴァスト王国は王都ヴァストが成立したときには、王都とレイバラの都市二つで成立した都市国家だった。正確には、侵略側ヴァストの軍が防衛側レイバラの軍を破ったのだ。この時点では、両国とも司令官の戦略眼は鮮明であった。
総兵力で半数程度と不利なレイバラ司令官は、なんと先手を打ち出陣し戦力を集中しての野戦で大胆な攻勢を仕掛け、短時間勇猛に戦った。ヴァスト軍前線はさんざんに乱れ、陣を退いて体勢を立て直すしかなかった。
この隙にレイバラ司令官は深追いせず、犠牲が少ないうちに都市に退いて籠城し、長期戦の構えをみせた。
ヴァスト司令官は火砲の連なる堅牢な外壁に守られた街を攻めず、陸路に水路の補給線を断つ長期戦の戦術で応戦した。結果両軍に竜騎兵の出る幕はなかった。
レイバラ司令官は補給物資がまだ残っている内に停戦と交渉を求め、ヴァスト司令官もこれに応じた。残った軍事物資は、交渉取引に両軍ともにとって優位に働いた。
結果、従属という建て前になるもののレイバラはそれ以上の犠牲も無く、略奪も凌辱も侮蔑も一切受けぬまま属領となった。レイバラにしてみれば、税は取られるものの軍事的には庇護してもらえる。
もっとも裁判もなかったというのに、レイバラ司令官は責任を取って一人自決し、敵ヴァスト司令官を始め大勢がその犠牲を悔やんだのだが。
そのときのヴァスト司令官は推挙され為政者となり、次いで国王に祀り上げられた。王国樹立だ。
地方の農村もまだ支配下になく、自称郷士のごろつきを低俗卑劣なものは追い払い、義侠心度量あるものは服従させて、次第に版図を拡大した。
軍事的に脆弱だった付近の二つの都市は、自ら同盟を、次いで禅譲を申し出た。ヴァストは禅譲を了承したが、都市太守の地位は据え置いた。敵味方一滴の血を流すことなく、四つの都市はまとまった。
四つの都市ということから、軍隊が騎士団制に再編成された。遊戯のカードのマークから名を取った四つの騎士団、剣、聖杯、金貨、王錫の四個師団である。
これらはほぼ全部王都に駐屯させていた。内紛を危惧する点からも、外敵に侵略された場合も戦力を集中させておくのは得策といえた。
ついでに管理維持の資金面の点からも運営効率が良いし、なにより地方都市に田舎村の普通の住民は軍隊の存在を、たとえ味方であれ恐れ忌み嫌う。
賢明な司令により防衛力を高めたこの結束は堅く、数々の隣国の脅威を寄せ付けなかった。ヴァスト司令官は、これ以上都市としては版図を拡大する野心は無かった。
それともまだ地方の国防力が不足していることを危惧したのかもしれないが、戦争は避け内政、外交、交易に力を入れ、王国は栄えた。功名を聞き付け数多くの近隣一帯の農村漁村宿場村が従順した。
これはヴァストとレイバラが交戦してから、たったの二年半の事件だった。そしてこの物語は、それから約二世代、半世紀を過ぎた、ヴァスト歴五十一年の出来事である。
神の教えによると人間に与えられた寿命は七十年だが、多くは幼児期に死に、生き残ったものも五十を過ぎれば身体が参り動けなくなり、働けず野たれ死ぬのが当たり前なのが、人間の世界の常の理だった。庇護もなければ刹那的に生きるものも多い。
過去の戦いは歴史としてのみ記録されている。当時を戦った退役兵士の生き残りなどほんの僅かだ。ゆえに戦記は歪曲され美化され史実は風化する。
下劣な権力者どもが蠢動していた。日々不自由なく喰い飲み潤っているのに、平和と安寧の無為に満足できず心渇き、流血の刺激と戦争の勝利の栄光を求め堕落し切っている。自らの痛みすら知らぬもの……他人の痛みなど理解するはずもない。
ヴァスト四つの都市ならびに属する村々、すべての広場の掲示板に『集え栄光の兵士』と、募兵を謳う広告が大きく張り出されていた。次いで僅かその二週間後には逆らえば死の、暴力的な徴兵が始まった。
総兵力で半数程度と不利なレイバラ司令官は、なんと先手を打ち出陣し戦力を集中しての野戦で大胆な攻勢を仕掛け、短時間勇猛に戦った。ヴァスト軍前線はさんざんに乱れ、陣を退いて体勢を立て直すしかなかった。
この隙にレイバラ司令官は深追いせず、犠牲が少ないうちに都市に退いて籠城し、長期戦の構えをみせた。
ヴァスト司令官は火砲の連なる堅牢な外壁に守られた街を攻めず、陸路に水路の補給線を断つ長期戦の戦術で応戦した。結果両軍に竜騎兵の出る幕はなかった。
レイバラ司令官は補給物資がまだ残っている内に停戦と交渉を求め、ヴァスト司令官もこれに応じた。残った軍事物資は、交渉取引に両軍ともにとって優位に働いた。
結果、従属という建て前になるもののレイバラはそれ以上の犠牲も無く、略奪も凌辱も侮蔑も一切受けぬまま属領となった。レイバラにしてみれば、税は取られるものの軍事的には庇護してもらえる。
もっとも裁判もなかったというのに、レイバラ司令官は責任を取って一人自決し、敵ヴァスト司令官を始め大勢がその犠牲を悔やんだのだが。
そのときのヴァスト司令官は推挙され為政者となり、次いで国王に祀り上げられた。王国樹立だ。
地方の農村もまだ支配下になく、自称郷士のごろつきを低俗卑劣なものは追い払い、義侠心度量あるものは服従させて、次第に版図を拡大した。
軍事的に脆弱だった付近の二つの都市は、自ら同盟を、次いで禅譲を申し出た。ヴァストは禅譲を了承したが、都市太守の地位は据え置いた。敵味方一滴の血を流すことなく、四つの都市はまとまった。
四つの都市ということから、軍隊が騎士団制に再編成された。遊戯のカードのマークから名を取った四つの騎士団、剣、聖杯、金貨、王錫の四個師団である。
これらはほぼ全部王都に駐屯させていた。内紛を危惧する点からも、外敵に侵略された場合も戦力を集中させておくのは得策といえた。
ついでに管理維持の資金面の点からも運営効率が良いし、なにより地方都市に田舎村の普通の住民は軍隊の存在を、たとえ味方であれ恐れ忌み嫌う。
賢明な司令により防衛力を高めたこの結束は堅く、数々の隣国の脅威を寄せ付けなかった。ヴァスト司令官は、これ以上都市としては版図を拡大する野心は無かった。
それともまだ地方の国防力が不足していることを危惧したのかもしれないが、戦争は避け内政、外交、交易に力を入れ、王国は栄えた。功名を聞き付け数多くの近隣一帯の農村漁村宿場村が従順した。
これはヴァストとレイバラが交戦してから、たったの二年半の事件だった。そしてこの物語は、それから約二世代、半世紀を過ぎた、ヴァスト歴五十一年の出来事である。
神の教えによると人間に与えられた寿命は七十年だが、多くは幼児期に死に、生き残ったものも五十を過ぎれば身体が参り動けなくなり、働けず野たれ死ぬのが当たり前なのが、人間の世界の常の理だった。庇護もなければ刹那的に生きるものも多い。
過去の戦いは歴史としてのみ記録されている。当時を戦った退役兵士の生き残りなどほんの僅かだ。ゆえに戦記は歪曲され美化され史実は風化する。
下劣な権力者どもが蠢動していた。日々不自由なく喰い飲み潤っているのに、平和と安寧の無為に満足できず心渇き、流血の刺激と戦争の勝利の栄光を求め堕落し切っている。自らの痛みすら知らぬもの……他人の痛みなど理解するはずもない。
ヴァスト四つの都市ならびに属する村々、すべての広場の掲示板に『集え栄光の兵士』と、募兵を謳う広告が大きく張り出されていた。次いで僅かその二週間後には逆らえば死の、暴力的な徴兵が始まった。