ジャキの営むディスペア号船長室に、フォール、マドゥ、コルド、ケインは集まっていた。ジャキが交易を広めるに必要な、航海士の人選を考えると。

 真っ先に名乗り出たのは、少女騎士フォールだった。

「学習について、か。航海士となるに……ここはぜひとも操船や航法を学び、いずれその任を負いたい」

 ジャキはもちろん賛成した。

「そうだね、フォール。きみは聡明だし士気が高いし、子供とは言わないが、若いんだ。ここでコルドに師事し自らの資質を伸ばしてはどうかな」

 コルドは好意的に賛同した。

「その手管に関しては、知識を施せますわよ、私は薬草師の仕事柄、航法や星図その他航海に必要な知識ならある程度把握しています。ただ水夫をまとめるには率直なところ、統率力に自信ありません……ここはケインや、むしろフォールのような剣士にお任せしたい分野です」

 ジャキは納得した。もっともな申し出だ。コルドのようなかよわい女性に、荒くれの水夫の統率が務まるか。

 しかし、とんだうわさを耳にした。コルドの寝所に侍った水夫がいたというのである。かれは巨漢で、ケイン直属の傭兵にも勝るくらいの力の持ち主だったとか。それなのに、一夜明けてみると、そいつの姿は船から忽然と姿を消していた……

 風も穏やかな、静かな月に星たち澄んだ、晴れた夜だったというのに誰も気づかずにである。ジャキは納得した。コルド……きみは『彼女』の転生なのかも知れないな。変わらず薬物の扱いは長けていると見える。ここは追求すまい。ケインと結ばれるならば、それも好いだろう。

 ここで、ひとりマドゥが立場から取り残されているのに気付いた。この子も伸びるだろうな……だが、彼女は普通の人間とは違う、竜の眷族。欲に塗れた人間の俗世に穢れさせるには、惜しい身だ。自由に……空を舞ってほしい。翼伸ばして。

 特製の強力で悪辣な弩は、アルセイデスの工房に一つ金貨六十枚で頼んだはずだが、武具職人は誠実にも、ぜひ設計図を譲り渡してくれ、儲けの二割を報酬としてお支払いすると提案された。

 こうして満足し仕切り直し、新たな航海に備えようとしていた矢先……なのに突然。

 鎖鎧を身に付けた兵士が、百名以上も停泊中のディスペア号前に押し寄せていた。一枚の紙片……借金の証文を突き付けている!

 身に覚えが無いのに! 借金だと!? 『悪態をつかなかった日は、気をつけろ』、か。なんてこった、貸付詐欺か! 利息がネズミ算式に膨れ上がって金貨三百万枚払えだと? 払えなければ、この船と財産をすべて没収する……なんという非道か!?

 すぐに、元締めアンカスを追放しようとする過激派の陰謀と発覚した。先の、特製弩設計の時に用いた捺印が盗まれ悪用されたのだ。しかしここは、正当な権利を主張して認められるような世界では無い。ならば。

 ジャキは即決した。四人の仲間みんなに断言する。

「現場を知らなかったおれに責任がある。こんなことで、偉大な商人アンカスを巻き添えにするわけにいかない。ここは解散だ。おれは金貨を百枚ばかり持って、ゴーストで逃げる。ケイン、おまえはコルドを守ってやれ。フォールはマドゥを連れてスパイクでいけ。資金も装備も、いますぐ用意しろ、空から逃げるぞ」

 フォールは驚愕している。

「良いのか!? この船と財産をそっくり捨てて……」

「いいのさ。これが甲斐性ってやつさ。『夜逃げ踏み倒しできない小市民に、経営者は務まらない』と昔友人が吹いていたよ」

 ケインはふっと笑うや、コルドと直属の傭兵を連れて下船した。マドゥは寂しげだったが、フォールの駆るスパイクの後ろに乗る。

 別れの礼もあいまいに、ジャキはゴーストで飛翔した。どっと驚きの声が上がったが、もはや誰も追い付けまい。余裕の単独行を開始する……

 

 思うは……こんな愚かしい積み木崩し繰り返しているのに、どうして人間の世界は社会として機能しているのかな。戦闘なんて、まったく生産性が無い。それなのに儲かるも者も出る。負けて傷付き命落とすものの屍を後に。

 金銭なんて単なる評価基準だ。流通の原則は、太古の物々交換から基本は変わっていない。それを忘れたら単なる守銭奴だ。

 光の文明時、純金の価値が数十年で十倍近くまで高騰し、ものの数カ月で一気に卑金属並みに暴落したことがあった。地球の純金の埋蔵量が、小さな泉分くらいしかないと信じられていたから。これは情報操作の罠だった。事実は眠っている金鉱脈はそれの数十倍したのだ。

 金剛石、炭素クリスタルも然り。永遠の輝きなんて宣伝文句で売られていたが、事実は脆く叩けば割れるシロモノだ。そもそもさもなければノミでカットできない。高価だったのは単一の企業が交易を独占して、流出を制限していたからに過ぎない。単なる石ころだ。人工鉱物がその強度に勝ったし、熱にも強いのだから。

 過去文明時の電子計算機の一億分の一にも満たない性能だが。それでも手動計算機『賢者の歯車』は偉大だ。ましてやそのころは、量子計算機が実現しかかっていた。素粒子跳躍すら。

 ……と、考えが暴走している自分に気付く。

「だが、おれはそんなこと考える器ではない」うそぶくや、ゴースト騎乗のまま、いつものようにジャキは火酒の小瓶を仰いだ。「ただ酒を飲む、気の晴れるように生きる、それだけ」

 

(仮〆)

 

後書き 魔の十三回に、まだジャキの話は続くでしょうが、ここはいったん〆です。船を失い、金貨数百万の借金を踏み倒して逃げたジャキ。それぞれの仲間の行方もどうなるものか……