長らく経験しなかった口付けの陶酔感の中、快楽に痺れているジャキだった。ただ唇を重ねるだけで、これほど気持ちよかったかな。というか下手に動けない……この竜人の子に噛まれたらきっと死ぬし。死ぬ……か。自分一人生き残るために敵を一人殺しておいて、つくづく身勝手だ。
しばらくしてやっと口を離す。マドゥは顔を伏せて恥じらんでいる様子だが、ジャキの方がよほど恥ずかしい。
マドゥはうっとりとささやいた。
「ごめんなさい、ジャキ。僕は卑怯な戦士よりは、馬鹿のままで好いよ」
ジャキは声を詰まらせながら答えた。
「椅子にお座り。マドゥ、いいのさ。無知も馬鹿も、悪徳では決してないし。むしろ自慢の方が最低の悪徳だ。他人を軽々しく馬鹿にするヤツは、自分自身のことがよほど見えていない。ほんとうに頭の良いヤツは他人を馬鹿にしない。それは相手ではなく、自己を貶めると理解している」
「僕、子供だからね……なにも知らないよ」
「無知なのは大人でも誰だって当たり前だ。本人の得意分野専門分野ならみんな、それを知らない素人よりは博識だ。他人の無知を馬鹿にするなど、それこそ馬鹿なことだ。誰だって知らない事は知らないものだ。だからと言って自分が馬鹿だと認めることは、自分を最高に自慢しているジレンマがある」
「ジャキは素直なんだね。僕は大人ってみんな嘘つきと思っていた」
「真実を語るものは馬鹿か狂人のみという。おれは馬鹿だが正直でありたい。でも、隠している本音だってあるんだぞ」
「僕が醜いってこと?」
逆なのだ。ジャキはマドゥの少女だけが持つ純粋な色香に、完全に参っていた。しかしこんな子供に教えるわけにはいかない。ただ手を伸ばし、そっとマドゥの頭の髪を指ですき撫でてあげる。
「いまはお休み、昼となると海は四戦の地だ。そもそも地ではないが。それに六方というべきか」
「どういうこと? 簡単に解るかな」
「東西南北四方すべてが危険ということさ。空と海底を含めて六方すべて。だが海は同時に四塞、要害だよ。発見されない限り守られている」
「僕は竜人だけれど、人間として強くなりたい。フォールに剣を習おうかな」
「それも良いけれどね。でも、『剣は一人の敵』と言ってね。剣の修行をいくら重ねても、どうせ一人の敵しか相手にできないからさして価値は無いとされる。対して学問を通じる兵法は重要だが、兵法とは十流、学問十分野最後の、最低の知識とも位置づけられる」
「では世の中でいちばん大切なものは何?」
ここでまさか、金に酒に女と答えるわけにはいかない。見栄を張る。
「人間代々の遺産、文化の種を守り続けること。それを学び、新たな文化を築くこと……これこそ大切だ」
「僕はまだ子供産めない……というより、竜人の子供はほとんど流れ、滅多に生きて生まれないと聞いたよ。僕は大人になれたら家庭が欲しい」
マドゥは九歳だ。この子が大人になる十年後ころまで、この文明水準の国で自分が生きているか疑問なジャキだった。マドゥは体格こそ成人だから、いま交わろうとすればできるが。こんな子供に手を出すほど、自分は飢えてはいない。それよりひたすらに渇く。ワインを飲みたい。
ジャキがワインの瓶を取ると、マドゥは机のマグカップを取り、ジャキに向けた。ジャキがワインをなみなみ注ぐと、マドゥは自分で一気に飲んでしまった。
てっきり自分の分を受けてくれるものと思っていたジャキは、止める暇も無かった。焦ったが、マドゥは完全に出来上がり、無邪気に笑って空のマグをもう一杯、とジャキに差し出している。
「ゆっくり飲むんだよ」
注意するやマドゥにワインを注ぎ、別のマグに自分の分を入れるジャキだった。マドゥは昨夜で酒への耐性はついたらしい。これは底なしの酒飲みに育つな、と苦笑する。
ジャキは一人酒より格段に美味いな、と満足した。まだナイフで切り殺した敵の血痕飛び散っている船長室で、塩漬け肉と酢漬け野菜を肴に、二人の酒宴はこの夜の闇の中長く続いた。
(続く)
後書き ロリ板ノータッチの原則すれすれで蠢動しているな……通報されないかな? はい、確信犯です。罪は認めます。本編の『悪鬼覇王伝』より長くなってしまった。