ドグの指揮する名目上の建前は義勇軍、事実は雑兵の傭兵隊四百名余は、王国闘技場に迫っていた。攻め落とし、奴隷剣闘士を戦力にする! しかし、その門が開き二百余の重装兵が縦陣で迫ってきた!
スティールは意見した。
「意外に戦力が大きいな。総兵数はあの三倍はあるだろう。ここは退くか、ドグ」
「いや、あれは敵の全兵力だろう。明らかにおれたちを軽視はしているが、用兵術的には妥当だな」
「馬鹿な! 闘技場を空にして出てきたというのか。では交戦するか。ここに陣を構え、長期戦に持ち込むのが得策かと思う」
「長期戦は無理だ。資金的に傭兵隊を維持できない……ロッドと別れたのは痛いな、かれに援助を申し出るのは屈辱だし」
「ならば資金の調達か。俺たちに盗賊をやれというのか。しかし民間の商人隊を襲っては、名声が落ちるばかりというものだ」
「ここは正規兵隊をしらみつぶしにするしかない。闘技場警備兵とならば精鋭だろうが、なんとしても打破する!」
「危険過ぎるな。獲物の狩りならどうだ。それも猛獣退治とかは」
「猛獣と言えば最近妙な噂がある。ドラゴンが現れたというのだ」
「ドラゴンだと? 夜迷いごとを」
「そうだな。いまはそれより、身に掛かる火の粉を払う……ん?」
頭上に影が落ちた。見上げる……巨大な有翼のトカゲ……伝説のドラゴンだと!? それも直上に陣取られた! これにより、傭兵たちは大混乱に陥った。ただでさえ低い士気が瓦解し、悲鳴を上げて我先に逃げ散っていく……対する精鋭の闘技場警備兵は混乱し隊伍こそ崩したが、踏み止まっている。
義勇軍が建前だからな、敵前逃亡は死罪ではない。ドグとスティールは、完全な失望感に襲われた。しかし。頭上からの大声。
「スティール! ドグ! 救援に来たよ」
スティールは嗚咽交じりに答えた。
「フェイクか! おとぎ話が現実に……」
ドグは怒鳴っていた。
「救援ならもっと賢く振る舞え! 傭兵がみんな逃げてしまったぞ、金貨千枚近くの損害だ」
と、ここで駿馬が一騎近付いてきた。トゥルースだ。
「安心なさい、一竜騎兵の実力は、千兵に匹敵されると言われるわ」
フェイクは間延びした声だ。
「ぼくにまかせて。あんな闘技場陥落させるのも竜なら容易いよ」
スティールは兜を脱ぎ、汗に蒸れた頭髪を指ですいた。
「ああ、うやむやだ! フェイクならドラゴンにも張り合える、俺はたしかにそう言ったがな……どこをどう誤ればこんなことに」
ドグも続いて兜を脱いだ。
「そもそもドラゴンに乗れる資質はなんなのだ?」
フェイクが答えるのを封じ、トゥルースが説明した。
「率直実力よりは、単なる運が八割ね。運も実力の内よ。人は決して数値化した能力で表せない個性を持つ。士気、膂力、知恵、知識、経験、技量、度量……いくら人間の個性を分類しようったって無駄なこと」
ここでドラゴンが説明した。
「わたしの名はスレッジ。われら飛竜が従うのは、二振りの魔剣の真なる持ち主の意志によります」
フェイクはきょとんと問う。
「では、ぼくが魔剣フレイムタンを盗ったからなの?」
「フェイク、残念ながら貴方は真の持ち主ではありません。片割れの……聖剣アイシクルに有資格者が現れたということです」
ここで背後から近付く四騎の軍馬。一人は鉄仮面をしているのが遠くからもわかる……ロッド! たちまち四人に並ぶ。
「ドラゴン……そういうことか」割り込む。鉄仮面の参謀、漆黒の革鎧の戦士ロッド……。「奴隷剣闘士は脱走しないよう石造りの建物だが、自由人の方は木造漆喰建てだ。ここは火矢を使う。正確には着火剤の入った矢尻を」
ロッドは二頭の軍馬に乗せ分解して運んできた機械を組み立てた。人間の身長の三倍はあろうかという、巨大な石弓だった。まさかこの距離から命中させる気か? 軽く二千歩は離れているのに。
しかしロッドは手元の未知の機器を弾き、なにやら操作している。と、石弓の角度を調整し、一撃した。太矢は吸い込まれるように闘技場内に入った! たちまち白い煙が上がる。激しい黒煙になるのにそう時間を要さなかった。
この遠距離からたった一矢で命中、炎上させるだと!? これがロッドの最高の神器、伝説の計算機『賢者の歯車』の実力……
「なにをしている?」ロッドは感情を見せない平易な声で命じた。「絶好の機会だ。竜騎兵突撃せよ! 闘技場を落とすのだ」
しかし、出口から続々と兵が溢れた。こちらへは向かってこない……散り散りに逃げている! ロッドはこれが狙いで……
「余計な殺しは私の趣味ではないからな。奴隷を解放する檻に足かせの合鍵ならたくさん持って来た。みんな受け取れ」
余裕でうそぶく鉄仮面だった。王国闘技場は陥落した。敵味方一兵の死傷者もなく。
(続く)
後書き 第6章もここで終りです。以下もまったく未整理、未完成原稿……7章アップは後回しにします。というか作れるのかな? 一連の作品と齟齬がある……とにかく次章は王国が本格的に内乱勃発です。