ジャキの下へ飛竜ゴーストが自慢の超快速で急降下、近寄ってきた。
「相棒、ずいぶんと早いお呼びでしたね。王国も治安が悪いと見える」
ゴーストがそう語ると、残りの二騎の賊竜騎兵と陸上の盗賊どもは戦意を失い逃げて行った。勝利してしまったか。しかしまさかこんな劣勢な乱闘沙汰で生き残れるとは、つくづく自分は運がいい……?
フォールがさりげなくそばへ寄るや、ジャキをぎゅっと抱きしめてきた。顔を半ば胸に押し付けられたのは、背丈の差からして妥当ではあるが、こんなガキ相手にやや屈辱ではあるし、なにより不覚にも感じてしまった!
「おじさんをからかうんじゃない。男はみんな狼なんだぞ」
「そうか、どちらかというと狸に似ているがな、ジャキは」
このあまりに正確な描写に、ジャキは動揺も反論もしなかった。しかし普通なら、こんな失礼な発言を悪意なくさらりというフォールは、ほんとうにお嬢様育ちらしいな。これでは行くところ敵ばかり作るだろう。
ここで賊の飛竜が近寄ってきた。
「わたしの名はスパイク。以前の主を屠った意志強いフォール、女剣士よ。貴女が望むならわたしは貴女の騎竜になります。勇敢な竜騎兵でいてくれる限り、わたしは絶対の忠誠を約束します」
フォールは驚きに面食らった様子だ。上ずった声で答える。
「私を竜騎兵に?! ……どこにも断る理由は無い、飛竜とは剣しか知らぬ私にはいささか過分かも知れないが。よろしくたのむ、スパイク」
「光栄の至りです、我が主よ。では竜騎兵としての方針を上げてください」
フォールはやるせなく語る。
「私は元騎士だが、王国にも反乱……解放軍にも加担するつもりはない。だから遊歴の身、都市には行かない。無防備で無力な辺境の民の治安を守る」
「了解しました、ではわたしの背へどうぞ。鞍に乗り、鐙を付けてベルトで固定を」
フォールを乗せ、スパイクは飛びあがった。続いてジャキのゴーストも空へ昇る。夜の空を並んで飛行する。だんだん闇に慣れ、月明かりでも周囲が見渡せるようになる。
ジャキはやれやれと声をかけた。
「殊勝なことだね、女竜騎兵さん」
フォールは気を落としていた。
「内乱とは有害無益だな。王国を乗っ取るか。あるいは滅ぼして、どうしようというのか。単に民衆から徴兵された若者が戦死し、未亡人に孤児に子を亡くした親を量産し、結局は支配者の顔が変わるだけではないのか。そんなくだらないことに加担できるか」
騎竜スパイクは答えていた。
「伝説の文明に在る、民主共和制ならば違うはずです」
しかしジャキはそれに反論した。
「民主主義、か。言葉の響きだけは良いがね。それは、王侯貴族が政治家と資産家に名前を変えただけの社会なのだよ。国民が政治に参加できるのが建前だが、事実は代議員制間接政治だった。正確には、国民に選ばれる、そう、『選ばれる』のが建前の代議員、そう国民に選ばれた『代表の議員』が、議会を運営する。国民の手からは、あくまで間接的なんだ」
「ですが、国民一人一人の公平な一票の投票で政治家と政治方針を決めるのですよ?」
「そう、国民投票というものがあった。しかしそれは、ほんとうに論理的に公平なからくりではない。多岐選択式なのだが、その選択肢は限られている。どの意見にも該当しないとか、別の代案を提示したいとかいうのなら議題そのものを否定したり補完したりする投票権があってもおかしくないが、事実はそうはいかない。国民は議会で定められた、限られた選択肢を選ぶ権利を与えられるだけだ。ここに民主議会制度の限界点がある」
「なるほど、一理はあります。ですが……確か例外があるはず」
「それを打ち破った新たな決定権……直接民主制というものがあったが。これは国民一人一人が政治議会に直接参加し、議題に全国民が投票権を持てる理想の政治形態だ。こいつは劇薬でね。世論に流された民衆が、浅薄な扇情により『右向け右』とばかりに短絡的な利己主義選択をした。結果、社会的弱者は虐げられた。だれも自らの収入を割いて、弱者を金銭面その他で保護しようとはしなかった」
「貴方はずいぶんと伝説をご存知ですね。その時代から生きてきたわたしには驚きです。はい、その政治体制下の急進で光は消えたのです。漸進ならばまだ救いはあった」
「は、何も苦労に飢えや寒さを知らない裕福なヤツが、「働きもしない路上浮浪者を保護する必要はない」、と貧乏人を野たれ死にさせる自由、それが光の文明の自由な世界。病気や事故で働けない障害者となれば、ゆとりある金持ちでなければ死ぬしかない」
フォールは不思議そうに声をかけた。
「ジャキ、おまえは物を知るな。勲爵士として育った私でも習っていない政治体制の話をなぜ知っている? 学士か、するとよほどの金持ちの生まれか?」
「いや。歳月で普通人は変わっていくが。おれは大人になれないまま歳だけ重ねただけさ」
「異性体験をすれば大人になれるわけではあるまい。私とて生娘とは違うが」
「そんな意味ではない。おれは子供には戻れないが、こころの成長を止めてしまった。幼い日から。以来ずっと流れてきた。生涯流れ者で気にしないさ。愛するものを失って以来、こんな世界無意味。だからいま酒を呑む。それだけで満足だ。生きていくのに、理由は必要ない。ただ気が晴れるように生きるだけだ」
「まるで子供の意見だな。大人でそんな純朴な精神、珍しい」
二騎の往く夜空には、まばらに刻々と姿を変える、幻想的な雲の群れが広がっていた。ただ酒をあおる、それだけだったが、加えて相棒たちがいてくれ、空を舞うのは至上の僥倖だった。
(終)
後書き 果て無い自由な竜騎兵の物語でした。ハロウィンネタからしばし、共通テーマで続きましたね。お堅い話を無学非才な身で展開し、恐縮するところです。それはそうとたまには酒呑みたい。いつまで禁欲生活続けるのか……