ジャキは少女剣士フォールとともに、辺境の村の門をくぐった。一人銅貨一枚が課せられたが、ジャキは銅貨など持っていなかった。フォールなど、金貨しか持っていない……とんだお嬢様だ! とにかく、銀貨一枚景気よく払う。門番は十倍もの価格に動転していた。
次いで二人で宿を借りる。思わず、こんな少女との一夜を想像してしまうジャキだったが、こんな世間知らずの小娘、一人で泊める方が無体というものだ。いままで堅く緊張し、世渡りしてきたな。心労が知れる。
宿には酒場が付いていた。たちまち酔漢たちから野卑な声が掛かる。
「姉ちゃん、そんなチビデブといるよりは、俺たちの仲間に入れよ」
「貴様らのような俗物に用は無い。消えろ」
「冷たくすんなよ、俺は王国兵士なんだぜ」
「士気道義に欠けるものを兵士とは呼ばぬ」
「怖ええ姉ちゃんだ。チビ、幾らで雇われている?」
ジャキは舌打ちしていた。これだから軍隊は! 尊大なのだよな。兵士となると群れて非道働く。これでは、追剥との差は宮仕えか在野かだけではないか! チビでデブ、それは事実だから認めるが。
ジャキは目を細めるや、無言で一枚銀貨を取り出すと、手近なテーブルの上においた。ゆっくりとナイフを抜く。良く観察すればそのナイフは波打っていることが解るだろう。単一結晶鋼の刃。
ナイフをゆっくりと右手で抱え上げ、一気に打ち下ろす! 銀貨は真っ二つに両断されていた。木製のテーブルもざっくり裂けた。割れた銀貨を、店員に投げ渡す。場は緊迫した空気に包まれた。
「修理代だ」ジャキは軽くいうや、もう一枚銀貨を取り出す。「ここの全員にビールを! おれは刃を募っている。鋭い牙足り得る兵士は、一日銀貨一枚で雇うぜ!」
「まさか、王国騎士さまでしたか」
「いや、ただの遊歴の郷士だ。だがおれの連れはほんものの使い手だ。見た目に油断すると両断されるぞ」
フォールが鋭く言う。
「遊んでいられるのは今夜限りだ。朝には敵はやってくる……空からな」
ジャキはここであえてフォールに問い返した。事実は承知していたが、これは酒場の兵士たちに言い聞かせるためである。
「悪魔(デーモン)か?」
「いや、竜騎兵だ。薄汚い空賊の一味」
「悪鬼か?」
「それならば話は早いだろうが、あいにく人間だ。空から舞い降り紅蓮の炎で焼き尽くす……」
「弓矢で対抗すべきだな。弓兵隊を並べ、空の敵が急降下したところを一斉射撃、撃ち落とす!」
ここでジャキは、急降下とはその先がまさに敵竜の攻撃目標である事実を告げなかった。未熟な兵士らに実戦を前に知られ、臆されては困る。強大な竜相手であれ、十分な兵力と統率された士気、適切な指揮があれば戦い抜けるのだ。
竜騎兵一騎は陸戦兵千名を凌駕する、というが。事実は優れた狙撃手がならば、一人で対抗できる。それを実践し、知らしめれば民衆の意識は格段に好転するだろう。
だがその予想は覆された。空賊竜騎兵の群れは、「この夜に」「陸路から」村を訪れたのだ! 村に抵抗戦力が無いと侮っての行為だ。しかし、竜に剣や槍で対抗しようなど、無謀というもの。光の時代で言う『戦車』に肉弾戦挑むような愚行だ。遠眼鏡で観察する。
松明の数からして、飛竜四騎に賊どもは軽く五十名はいるな……呆れたことに、王国軍の支給品の鎧に軍靴を身につけているのが大半ではないか! なんという無秩序。
まともに対抗しては負けるのは明らか。しかし、その愚を冒さなければ状況は打破できない! 二階の窓にて石弓を手にする。竜の牙から採取した毒の矢をつがえ、超長距離から狙う。風と重力による落差は……
矢は命中した。一頭の竜がぐったりと地に伏せる。麻痺させたか、殺すまではいかないな。その乗り手は激昂し、地に降りて村人を襲おうと前進した。
次の矢を用意しようとしたが、ここでフォールが単身歩み出ていた。制しようと慌てて叫ぶ。
「おれはここだぞ! おまえらも、戦いなんて止めて宴会しようぜ!」
敵の首領格が、手下に剣を抜かせ、宿に駆け込みさせた。見れば、フォールが凄まじい剣戟を繰り広げている。賊は数において勝っても、女騎士に対し技量の差は歴然。彼女の小太刀が一閃するたびに、地に男が転がる。しかし、竜に吐息を使われたらひとたまりも……援護したいが、石弓の弦を張る余裕はもうない。
もったいないが、テルビューチェにたっぷり毒を塗る。刃が大きい分、余計に量を食う。剣術なんて知らないが、やってきた初めの敵の長剣と打ち合わせる! 二階から一階への階段で応戦する。壁に阻まれ狭いから殺到されても一度に一人しか相手に回らないし、なにより高さの利点がある。
直感に任せ、思うまま右手を伸ばしテルビューチェを振るう。酒の勢いとはいえ無茶やっているな、と自嘲するジャキだった。……? しまった。長剣の刃がテルビューチェに食い込んだ。
テルビューチェが破損した! 派手にサメの歯が飛び散り、至近の階下にいたごろつきはかなり喰らい小さい裂傷を負った。毒が回るはずだ。ジャキは投げ捨てるや、銀貨数千枚入った重たい金入れをぶん回す。敵の剣の刃に麻袋は裂け、銀貨が豪快に階段にぶちまかれた。後使える得物はナイフだけ!
ここでフォールが声をかけてきた。
「空賊の首領は仕留めた。まだ敵竜騎兵は二騎残っているが。助かったよ、無事かジャキ!」
「これがほんとうのブラック・ジャック。いいのさ、金なんて。くれてやる。どうせ誰も地獄へは持ってはいけないからな。後は空で相手してやるよ」
「空って、おまえ、まさか!」
「おれは角の無い鬼、自由竜騎兵ジャキ。騎竜ゴーストを呼ぶ。女勲爵士さま、フォール、お別れだ。生き残れよ!」
ジャキはもはや意をひるがえし、呼び笛を高く吹いた。結局絶対的な『力』に依存しなくては生きていけないのだな。おれは宿主に巣食う寄生虫か、宿を取り壊すシロアリか。自嘲するジャキだった。
(続く)
後書き はい、ジャキは酒呑んでいる限り、果てしなく強いです。他にとりえはないですが。悪運はひたすらに強い。