ドグの指揮のもと、進軍してから三日のうちに、計画どおりの山岳の隘路に、反王国の義勇軍は兵を潜めた。さらに数日間で、スティールの提案とおり、各所に落石の罠を仕掛ける。落とし穴にまきびし、足をとる縄。敵の侵攻を阻む計略も、考えうる限り次々と行う。
作戦は、思い通りに進行しているつもりだった。しかし。夜営してわずか四日後の夜、恐るべき事態に陥っていた。目標とする前方の山裾、さらには進軍してきた後方の平地に見える、幾千という膨大な軍隊のかがり火。何万人いるのだろう。二人は慄然とした。同時進行で挟み撃ちとは! こんな馬鹿な! たかだか四百名の雑兵相手に、いきなり二個師団だと!?
ふだん冷静なスティールが、声を荒げる。
「これはどういうことだ! ドグ、どうなっているんだ」
「わからない、情報が漏れていたとしか思えない、内通者がいたんだ」
「このまえに続き、今回も情報が漏れていた? どういう作戦なんだよ! 参謀は、ロッドとやらはなにをしていた」
スティールがいうや、背後から静かな声がかかった。ロッドだ。
「指揮官たるもの。そう取り乱していては、兵士の士気を削ぐぞ」
スティールは冷たく言い放った。
「参謀官どのには、なにか策があるのか?」
「見越していた。強大な王国に寄せ集めの雑兵で敵対するなど、無謀な話。傭兵にも裏切り者がいて当然だ。もっとも我らはいわば『反乱軍』、人の事は言えんがね。きみたちの戦略眼は認めるが、士気の低いこんな寄せ集めでは無謀なこと。いかに采配を繕っても瓦解するだけ」
「ロッド、きさま、それを承知で!」
「落ち着け。わたしはそれを逆手にとった。反乱軍は五千名以上いると、流言を仕掛けておいたのだ。敵は見事に乗ってきた」
「俺たちは捨て駒かよ!」
吐き捨てるスティールを、ドグは暗い口調で諌めた。
「戦略的に見れば、この陽動策は上手い。これほどの大軍を動かしたのだ、この隙に王都が陥落するとなれば、おれたちの犠牲は無駄ではない」
ロッドはくすくすと笑いながら平易に言ってのけた。
「いや、お褒めにあずかり恐縮だが。義勇軍は、王都にはまだ攻め込まんよ」
「!?」
ドグとスティールは絶句する。ロッドは務めて穏やかに、説明した。
「まだ時機が早いからな。いくらシャムシール閣下が名将とはいえ、一個師団であの強大堅牢な王都を攻め落とせるわけがなかろう。そうあせるな。戦端は開かない。こんなところで戦って、無意味な犠牲は出さない。われらはたったの四百名、退却の余地は十分だ。それに王国軍の連中は動けんよ」
ドグとスティールは唖然とした。端から、戦端は開かない! 雑兵少数で王国軍二個師団を封じる陽動策だと? ロッドは低く笑った。
「采配とは、このように振るうものだ、新兵よ」
この夜の内に、義勇兵四百名は跡形も無く撤収した。敵は数がなまじ多すぎ、進軍が遅い。簡単に落ち延びることができた。王国軍二万四千騎を足止めした義勇軍の死傷者はいなかった。
一方で王国軍は存在もしない反乱軍を探して無意味な山狩りをし、先に仕掛けた罠にはまった兵士も出るだろう。王国軍にとっては無意味に疲弊し、補給物資、軍資金の消耗を強いるばかりだったであろう。見事な陽動策であった。
安全圏に達すると、ロッドは義勇兵の行動の自由を約束した。解散してもよし、山賊となり抵抗活動を続けるもよし。義勇兵は若干名の体力的適性的失格者を出したもののなかなか行軍に慣れ、士気も上がっていた。年少の指揮官ドグに対する忠誠はどうか。実戦を越えなければわからない。
ドグとスティールは、ロッドに兼ねてからの闘技場乗っ取りと、剣闘士バーンを祭り上げる策を述べてみた。
ロッドは民衆を煽動する策としては上手いとしたが、砦攻めの長所短所から、慎重論を口にした。攻撃を受けても堅牢ではあろうが、闘技場は戦略的に重要な位置ではない。ならば、無視、放置されれば、機動戦力の派遣が必要となる。さらに、仮に包囲されたとき補給をどうするか。人質を使うのは、信義にもとるのではないか。三人は、さかんに論議しあった。
こんなときに、待望の情報が飛び込んできた。王国騎士団二個師団が空になったこの隙に、長年圧政に虐げられてきた都市マイターは『城塞都市国家アルセイデス』と名乗り、フレイムタン王国に独立宣言を発していたのだ。
さらに王都以外の諸都市に、独立と同盟の決起の檄が飛んだ。マイターが改名し神話のアルセイデスを名乗ったことは、近隣都市を刺激した。それに、独立を宣言したからには勝算と、人望ある将なり指導者が現れたことだ。
王国を二分する戦いの幕は、まさに上がろうとしている。王国は滅ぼされるほど悪辣か? それは解らない。しかし、急ぐ必要があることはドグとスティールには解っていた。悪鬼の脅威の前に、不和の種は取り除かねば。
(続く)
後書き ここで5章目は終り、一区切りします。6章目は未整理原稿なので、アップはしばらくお休みします。筆休めにまた酒飲み話でも作ります。