募兵したばかりの訓練足らぬ民兵の群れ四百余、名ばかりは反王国義勇隊、山岳への進軍中の夜にて。街から離れた丘陵地帯で休憩し、みな簡易な天幕を張りその外でかがり火の元だった……ドグと二人きりになるや、スティールは不満をいった。

「これはいったい、どんな意味があるんだ? 都市マイターからテルビューチェは、王都クリスと逆方面じゃないか」

 ドグは兵士上がりの独自の戦略眼から答えた。

「この先のテルビューチェは港街。王国の重大な交易拠点だ。その海軍の勢力は強大だ。海兵隊だけで二万。陸戦兵も一万六千。しかし。陸路の連絡線を押さえてしまえば、王国軍は王都との連携は取れなくなる計算だ」

「その強大な勢力を、俺たちのたかだか四百名の義勇軍で、守り切れるのか、悪くすると王都と挟み撃ちだ。俺たちは単なる捨て駒に使われたのではないのか」

「守りきれる」ドグは断言する。「スティール、おまえは腕利きの賞金稼ぎだが、兵法を知らないな。個人の武術で優っても、集団での用兵をわかっていない。隘路に陣を敷けば、少数で多勢を足止めできる。戦術面で負けても、戦略面では多大な功績となる」

 了承したスティールだった。

「それでこんな山に行軍したのか。板金鎧は、効果は絶大だ。全力で斬り付けられても軽い刃物であれば、まず負傷はしない。しかし、移動に難がある。険阻を攻めるにあたり、そんな重装では進軍の邪魔となる。逆に要害を守るほうは、頑強な板金鎧に身を包んでいれば、文字通り鉄壁となる」

「そう、自然、攻撃側は軽装な弓兵による、遠隔攻撃となるが、ここで。重装兵を精鋭数騎突撃させ、敵の弓の弦を切ってしまう。仕事を終えた兵士は直ちに帰還させ、休ませる。ここに逆に軽装の剣戟隊を突っ込ませれば、敵陣は崩壊だ。それに、いきなり軍隊はやってこないさ。連絡用の使者に物資輸送隊とその警備兵、せいぜい数十名。スティール、おまえなら楽にカモにできる相手だ。まずそいつらをあしらってから、乗り込んでくる制圧部隊と対峙する」

「だが、本格的に軍隊がやってきたら、勝つことはできないのだろう? 一個師団一万二千騎。そんな消耗を強いるだけの戦いに、志願兵の命をさらしたくない」

「守るだけで、十分に意味はある。テルビューチェの援軍を封じ、マイターの安全が確保されれば。シャムシール卿は安心して王都の攻略に専念できる。おれたちは後方を撹乱する、陽動部隊ってことさ。せいぜい二十日、敵軍を足止めできれば上等だ」

「そういう算段か。ならば」スティールは持論を主張した。「俺なら山賊流にいくね。王国軍を正面から相手にはしない。山岳に潜み、敵の本隊をやり過ごし、一点輜重部隊を狙う。ラックホーンに倣うとしよう」

「一見、良案ではあるな。たしかに敵は隘路に長蛇の列を組むことだろう。ならば進軍は遅いし側面は脆い。だが輜重部隊の守りは数こそ少なくとも精鋭だろう。こちらは厳重な陣を敷いて、待ち伏せるのが正攻法だ」

 スティールは大胆な持論を展開した。

「いや、陣などもたない。みんな遊兵にしたほうが良いだろう」

「スティール、こちらは防御側なのだぞ?」

「だからこそ、陽動を行うのだ。山岳の険阻を利用し、落石の計を使う余地もある。戦力を分散させての一撃離脱だ」

「寡兵をさらに分けるというのか? もみ潰されるぞ」

「攻撃を受ければ、戦わず直ちにばらばらに撤収する。こちらが少数とも知らないのに、王国軍が深追いの愚を犯すとも思えない。正面からは戦わない。これなら、二ヶ月は足止めが効くのではないか、ドグ」

「そうか。おれは正攻法に固執し過ぎていたな。たしかに寡兵を分けるといっても、もともと十倍以上の敵にいまさら半数になっても大差ない。問題は」ドグは一息置いた。「あの仮面の参謀ロッドどのが、この案を受け入れるかだな。いまのおれたちの会話だって聴こえているはずなのに」

 スティールは腕組みをしてうなった。

「人並みの背で痩身だが明確に戦士として鍛え上げられた肉体、騎士崩れかもしれないな、鉄仮面のロッドは。三倍の敵、俺たちを翻弄し、両軍とも死者皆無。あれだけの手並みにしてなぜかぜんぜん、俺たちの作戦には口を挟まないな。何か含むところでもあるのだろうが」

「指揮権はおれにある。せいぜい、王国軍を引っ掻き回してやるさ」

 ふだん陰鬱なドグの目が夜のかがり火に妖しく輝いていた。

 

(続く)