王都からやや離れた、ぽつんとした壁に囲まれた牢獄。ドグとスティールは監禁されていた。枷をされ、処刑を待つ身。部下の傭兵達に寛大な処遇があることを祈るばかりだ。事実を整理し、恐るべき事実が発覚する。王国軍の部隊は、ほんの百五十名足らずだったのだ! 右翼どころか、重装兵に見えた中央部隊すら、囮の人形だった。敵の手にこうも弄されるとは。戦略どころか、戦術面でも負けていたのだ。

「おれはしょせん」自虐的にいうドグ。「将の器ではなかったか」

「なまじ、計略を巡らしたから敵の手にはまったんだ。力押しなら、三倍の戦力。俺たちは勝っていた」

 スティールはいまさらながらいうが、ドグは聞き入れなかった。

「それでは単なる消耗戦だ。おれたちのちっぽけな傭兵部隊で、そんな余裕はなかった。無能な将に、寄せ集めの装備もままならない雑兵の群れ」

「王国を侮ったか。それにしても敵軍の見事な統制! 無用な殺しすらしないのだからな。悪辣に思えた王国騎士に、そんな度量の指揮官がいるとは」

「兵として。最後に戦えた相手が、偉大な騎士であったことを誇りとしよう」

 二人の間に、重い沈黙が訪れる。地下牢の暗闇、時刻はわからない。明確な反逆者というのに、拷問どころか尋問すらされないことが、両者の運命を意味していた。

 聖剣アイシクル。この地を統べるという宝刀、これを巡っての四人の半年に及ぶ旅は、水泡に帰した。トゥルースとフェイクに申し訳が立たない。どうか生き延びてくれることを祈るばかりだ。

 空虚な時が、経過していく。最期の時が近づく。打つ手は無い。雇い入れた兵士たちに責が及ばぬようにも、むやみな抵抗はしない。潔く最後を受け入れることが、武人であると両者は承知していた。

 これで終わり、か。任務を科せられ街から辺境への予想もしない冒険も。人間の存在を脅かす、悪鬼の存在も。かつ、かれらとの両立の道が見つかったというに、なにも果たせずまま消えるのか。

 やがて冷たい闇の静寂の中、数人の軍靴の足音が近づいてきた。来たな。この牢獄から連れ出され、その後は……

 扉が開いた。燃え盛る松明の灯りがまぶしい。

 二人はせめてもの矜持として、直立して敬礼した。

 目を見張る。二人の前に現れたのは、見たことも無い、長身体躯の若い騎士だった。単に巨漢というなら上もあろうが、この筋骨隆々たる騎士には贅肉のかけらも見当たらない。騎士は厳粛に語る。

「我は王国騎士団第四師団第二旅団長、シャムシールである。汝らは、義務を怠ったな」

 王国兵士五千人を束ねる旅団長! ものの二十代前半の騎士が。貴族の生まれか? その巨漢の目が諧謔の色を帯びる。叱咤するような朗々とした声。

「聖剣を預かり、王国騎士団から奪われることを防ぐ重大な義務を」

    

 都市マイターの一角。住民の好意から貸し出されていた館の部屋に、密偵からの報告が届いた。トゥルースとフェイクは落胆に肩を落としていた。

「そう、スティールにドグ。わかったわ、二人は死んだのね」

 沈痛にもらすトゥルースに、いつになく厳粛にフェイクは答えていた。

「死者を甦らせることは、できないよ」

「ここで終わりなの? 聖剣が王国の手に戻って、もとのもくあみ。わたしたちの行為は無駄だったの」

「まだ、トゥルー。あの文献があるよ。まだ、終わってはいない。というより、まだ始まってもいない。王国との戦いはこれからだ」

「でも、将も聖剣も無いというのでは、大義を欠くわ。仮に革命が成功したとして、それからは? 支配者の顔が変わるだけ。無用な戦乱を引き起こせば、単なる生活苦なんかとは比べ物にならない惨禍となる」

「ぼくはしょせん、芸人。難しいことはわからないけれど。これだけはいえる。人々を動かす力は、欲望だ。物欲、征服欲、虚栄心。だけどほんとうに力となるのは、未来への希望なんだ。ぼくら大道芸人はそれを信じて、人々へ夢を語った」

「希望といえば、聴こえはいいけれど。ひとは自らの欲望のために、争い、奪い合い、憎しみを生み出してきた。何千年も。これからもそうなのかしら」

「そうかもしれない。ぼくは喜劇役者だったころ、英雄の戯曲を何度も公演した。英雄なんて呼ばれているものであれば、理想と大義を持ち、世界のために戦うのだと信じていた。現実は違う。権力者は、自らの野心のため重税を科し贅沢をする。将軍は、征服欲を満たすため侵略と略奪を繰り返す。兵士といえば。戦うのに正義なんて関係ない。ただ生き残るために虐殺を続け、明日をもわからない命ゆえに刹那的な破壊と陵辱をし憎しみを浴びる」

 淡々と語るフェイクに、やるせなさそうにトゥルースは答える。

「そうなのね、いくら大義があっても戦争なんて憎しみを伝染病のように拡大させるだけ。理想を夢を、希望を託して戦うなんて絵空事の戯曲の中だけの話」

「たとえそれでも」フェイクは決然という。「劇はすでに始まっている。もう、舞台から降りることはできない。ぼくたちは、ぼくたちにできることを、するだけ。惨劇に終わっても」

「スティールとドグの犠牲を、無駄にしないためにも。そうね、運命の歯車は回っている。こうしている間にも、謀反を起こしたこの都市に鎮圧部隊が乗り出してくるでしょうし」

「王国が本格的に鎮圧に乗り出せば、ひとたまりもないね。手をこまねいている場合じゃない」

「マイターの太守は、ウッド侯爵。老年だし、優柔不断。戦力は騎兵歩兵予備兵合わせ、二万いるとしても当てにできないわね」

「不平分子を押さえることもできない領主だものね。そこにぼくらの付け入る隙があったのだけど。でもこのままでは、手詰まりだ」

「一人、当てがあるけれど」

 ぽつりと言うトゥルースに、フェイクは問う。

「誰が? こんな酔狂な茶番に協力するなんて」

「公明正大な人よ。最近、騎士の叙勲を受けただけの若者らしいけれど。民衆の反乱に、ただ武力で押さえつけるのではない。自ら戸を回り、相談に応じている。必要とあれば、援助施しを惜しまない」

「貴族なの?!」

「そう、シャムシール男爵といったわ」

 

(続く)