手配犯バーンの捕縛が終わると、平和な市民はばらばらに数人ごとに別れ、楽しそうに談笑しながら帰路についた。晴天の日はもう傾いていた。今夜の市民はこの事件の話で持ちきりだろう。
そんななかに、『元、指名手配犯』の四人はいた。賞金稼ぎスティール、元警備兵ドグ、大道芸人フェイク、女学者トゥルース。なぜ指名手配されたか……それは、聖剣とされる伝説の宝刀『アイシクル(氷柱)』を持ち去ったからなのだ。
四人は路上を宿へ向けて歩きながら話す。
「結局」フェイクはおっとりという。「つけいる隙がなかったねえ、まさか王国最精鋭のファランクスのお出ましとは」
ドグは指摘した。
「つけいる隙は、おまえならあったぞ、大道芸人。古代から帝国や王国といったものの市民は、常に為政者に食料と娯楽を求めるものだ。それに応えてこそ国家が成り立つ」
「娯楽は大道芸よりは、闘技場試合の方が人気あることくらい、常識じゃない」
スティールは嘲った。
「都市生活はそんなものか。人の流血を見て楽しむとはくだらないな。野外生活長い俺には無縁な世界だが……ん、トゥルース?」
トゥルースは返答しなかった。彼女はバーンの力量に戦慄し身震いすらしていた。
「トゥルーが激して自然だ。あんな小柄なのになんという使い手!」ふだん陰鬱なドグが興奮気味にいった。「スティール、おれたちはそれなりの経験を積んだつもりだったが、な。あのバーンという男!」
スティールは肯いた。
「俺たち四人がかりでも倒せないさ。俺たちは正式に剣士として訓練を受けたことはない。バーンのような、そうだな、『達人』ではないさ」
「達人、か。スティール、聖剣を託す相手、それはバーンのような戦士にふさわしいのではないか? 悪いが、カルトロップに言われたはず。おまえはアイシクルの真の所有者ではないと。ただ、名も知れない流れ者だから、王国騎士団に所有が発覚しづらいために預かった」
「そう、俺はいっとき預かっただけ。トゥルースはどう思う? おい、トゥルース?」
「あ……え、わたし? わたしね」トゥルースが回らない舌でいう。「別のことを考えていたわ。考えすぎかしら。いえ、なんでも悪いほうへ考えてしまうものね、ごめんなさい」
「なんだい?」スティールは彼にしては珍しく、優しく語りかけた。「きみの知識見識は有用だ。なんでも、話してくれよ」
「一連の事件が、すべて誰かの陰謀に思えて。それも、むしろ好意的な。バーンを無実の犯人、悲劇の英雄に仕立て上げ、強引に反王国の仲間に引き込む。こんな知略を巡らすとすると、例えば」
「まさか!」フェイクが頓狂な声を上げる。「これすらも、先のラックホーンの陰謀? 人間の王国を打倒し悪鬼の、いや人間悪鬼共存の王国を立ち上げる」
「戯曲としては悪くないけど、話が飛躍しすぎよ、フェイク」トゥルースは笑みを見せた。気が抜け、自制できたようだ。「それじゃあ、現実におとぎ話の竜が飛んできてしまうわ。きっと単なるわたしの思い過ごしね」
「つまり、カルトロップかレイピアの陰謀といいたいのだろう?」ドグはとたんに陰鬱だ。「もうおれは王国の犬ではない。誰かの掌の上で踊らされるのは、おもしろくないな」
「一度飼われた犬は野生には生きられないものさ、ドグ」スティールは皮肉る。「一見野犬に見えても人の手が差し伸べられると、擦り寄ってしまう。俺はそれこそを警戒していたのだがな、王都に戻ってから」
「は! 勝手に思っていろ」
「わたしへのあてつけではないでしょうね、スティール」トゥルースはきっとした目を向ける。「わたしは職務に忠実なだけよ。いったはず。わたしたちはもはや仲間。わたしには仲間は裏切れない」
「そんなつもりは無論無かった。が、俺には謝る理由もないな」
「お互いね」
突っぱねるトゥルース。二人は睨み合った。険悪な幕間。フェイクがあわてて止めに入る。
「喧嘩はよしなよう」
ドグがひきとめた。
「やらせておけ、フェイク。仲間には裏があってはいけないのさ」
「といえばドグ、ぼくの喉かき切ろうとしたよね、酔っ払って言いがかりつけて」
「あのときはおまえが悪ふざけしすぎて」
「ぼくのせいにするの? いくらぼくでも怒るときは怒るよ」
「おれは兵士だったんだぜ! たかが民間人、それも芸人風情が、ここらで身のためを覚えさせたほうがいいかもな」
「兵士の身のためって? 職に貴賎は無いよ」
「ドグ、民間人がなんですって?」トゥルースが矛先を変えた。「わたしこそ王国の雌豚だったわ! そうやって我を張るのが気に入らないのよ」
「同感!」
フェイクは声を上げた。
スティールもむっつりいった。
「奇遇だな、四人全員意見一致とは」
「やるか!」
「上等!」
四人はさっと、自分の得物に手をかけた。スティールが戦斧、ドグが短剣、フェイクは長剣、トゥルースは檜の長杖。重い沈黙が場を支配する。これから激しい内輪もめの……
(続く)
後書き このストーリーは、はるか過去のテーブルトークRPGのリプレイがもとです。ちなみに、キャラ名はドグがハチ公、スティールがテツ、フェイクが偽勇者、トゥルースがシン。バーンだけは変わらずでした。